宇多田ヒカル「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour」に見た「希望」と「絶望」とは?【ネタバレ含】

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 「希望」と「絶望」は、真逆なようでその実紙一重なモノ。希望を知らなければ絶望も知りえないし、その逆もまた然りである。

 宇多田ヒカルという日本を代表するシンガーが活動休止から復活した一昨年以降、彼女がリリースしたアルバム「Fantôme」、そして「初恋」。「Fantôme」は「死」という人類にとっての「絶望」を、そして「初恋」は誰かを想い続ける「希望」を描いた、宇多田ヒカルが「人間活動」のために休止した08年以降の彼女が経験した最愛の母の死と息子の誕生が作品にモロに反映された2作だった。

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 そして歌手活動20周年を記念した、12年振りの日本国内全国ツアー「Hikaru Utada Laughter in the Dark Tour」がこの秋から冬にかけて開催。11月22日の名古屋公演、幸運にもチケットを手にすることができた僕は、友人と共に名古屋ガイシホールへと足を運んだ。

  ライブの話の前に入場について。今回のツアーはチケット販売前から入場制度の厳しさが報道されていたが、面倒なのはあくまでもチケット購入前の登録だけで、実際の入場は物凄くスムーズに行われた。例えばこのシステムがよりプラットフォーム化して、一度の登録でどのミュージシャン・アーティスト・舞台・大会にも運用可能になれば、転売は否応なく減るのではないだろうか。

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 そして今回のライブ、公演中のスマートフォンなどのカメラ付き携帯電話での撮影がOKだった。僕自身こういうライブに参加するのは初めてで少し面食らった部分があったが、海外ではこれが当たり前で、日本ではまだまだ浸透していない観客によるライブ撮影。宇多田自身、海外での生活が長いこともあって今回はこういう取り組みになったのだろうか。撮影はOKだがフラッシュ撮影は禁止されていて、にも拘らずフラッシュを焚いて撮影している人が何度かいてそれは気になったが、それ以外は基本的に気にならなかった。僕は撮影は必要最低限に留めていたが、一緒に参加した友人は割と撮影しつつもライブそのものも楽しんでいて、終わった後に二人で見返しながらライブについて話したりすることも出来た。勿論許可が下りていないライブでの撮影は厳禁だが、許可が出ているライブなら其々の好きなようにライブを撮影したりするのも良いなと思った。

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 ライブ本編の話。当然と言えば当然なのだろうが、宇多田ヒカルは歌が上手い。1曲目の「あなた」からCD音源と遜色ない歌声がアリーナ中に響き渡ったときは思わず鳥肌が立ちそうになった。デビュー当時の楽曲なんかは流石にキーを下げて歌ったりしていたモノの、基本はCD通りの歌唱で1曲、また1曲と何度も驚かされた。

    サポートメンバーも海外の方達で揃えられた、レコーディングなんかも一緒にしているのであろうメンバーで、それがまた当然ながら演奏が上手い。曲によって全く異なった顔を見せる宇多田ヒカルの楽曲を、巧みに乗りこなしているような演奏も思わず聞き入ってしまう。アレンジも基本に忠実ながら、例えば「Can you keep a secret?」の特徴的なコーラスが「Kiss&Cry」に使われていたり、曲間や細かい部分のライブアレンジもとても効いていて、思わず聞き入ってしまう瞬間が多々あった。

 アリーナという大きなライブ会場だが、あくまでも飛び道具的な演出がなく、映像演出も具体的なことは何も示すことのない哲学的な模様や夕陽の風景、或いは煙やインクが飛び散るような様が曲によって切り替わり、それが絶妙に楽曲とマッチした映像演出。そんなグッと抑え込まれた演出によってシンプルに楽曲の良さだけで観客に立ち向かい、圧倒してしまう宇多田ヒカルを見ることができるライブ。唯一、幕間に挟まれたピース又吉と共作で作られたVTRは楽曲の枠を越えた、2人の芸術家が織り成すだった作品となっていて、ここでしか見ることの出来ない宇多田ヒカルの姿はとても新鮮に映る。

 セットリストは「Fantôme」「初恋」の収録曲を中心としつつも、活動休止以前の大ヒットナンバー「SAKURAドロップス」「光」「Prisoner of Love」「traveling」などの楽曲を惜しげもなく披露する、歌手活動20周年を記念するようなもので、名古屋での彼女のライブを待ち望んでいた観客に応えるようなセットリストだった。当然、その中には10年、15年、20年前の楽曲もあるのだが、彼女の楽曲からは作られた時代を感じない。それが今でも20年前の曲に違和感を感じさせず、2018年でも普遍的に鳴る理由だ。

    そんな過去の名曲以上にこのツアーでは「Fantôme」「初恋」の楽曲がとてつもなく魅力を帯びて鳴っていた。過去の楽曲よりも「Fantôme」「初恋」には血肉が通っているというか、宇多田ヒカルという一人の人間が経験した事象と、その事象に対する彼女が感じ得た感情がキチンと曲に反映されて、それ故に人間味が楽曲に取り込まれている。今回のライブ中、「歌詞は100%実体験な訳では無い、First Loveの時にそういう体験をしたのかとよく聞かれた」という趣旨の話を彼女はしていたが、僕の中で他の歌はともかく「Fantôme」「初恋」の楽曲は彼女のリアルな感情を基に作られている信じてやまない。そんな音源でもヒシヒシと感じた彼女のリアルな想いは、生で見ることでより一層伝わってくる。

    本編1曲目で歌われた「あなた」は、「あなた」がいるこの世界を美しいとする歌だった一方、2曲目で歌われた「道」は「あなた」が居ない世界でも「あなた」が自身の胸の中で居続けると歌う。

    そして本編最後で歌われたのは「Play A Love Song」。

悲しい話はもう沢山

好きだって言わせてくれよ

Can we play a love song?

  一方、アンコールの最後に歌われたのは「Goodbye Happiness」。

何も知らずにはしゃいでいた

あの頃に戻りたいね Baby

そしてもう一度 kiss me

    こんな具合に、要所要所に「希望」と「絶望」を感じさせる構成が、「Fantôme」に込められた「絶望」と「初恋」に込められた「希望」という、相反するようで紙一重な感覚が同居した、まさに「暗闇の中の笑顔」、「Laughter in the Dark」なライブとなっていた。「あなた」がこの世界にいる「希望」、「あなた」がこの世界に居ない「絶望」、「Play a Love Song」の絶望を乗り越えた上の幸福、「Goodbye Happiess」の幸せとの別離。

    人間誰しも生きてれば「希望」も「絶望」も当然感じ得る。当然生きていく上で必要なのは燦然と輝く「希望」だが、その反対であり、隣り合わせの「絶望」をも肯定した上で「希望」に進めたら良いよね、と宇多田ヒカルが歌で教えてくれているような、或いは彼女が僕たち観客の背中を押しているような、そんな少しほろ苦くも暖かい気持ちにさせられるライブだった。また次回、彼女がライブをするときは参加したい。なにより「Fantôme」「初恋」、そしてこのツアーを経た彼女の次回作に期待しか持てない。

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