実験的?ポップ?マテリアルクラブ 1st AL「マテリアルクラブ」に見る新しい文法とは?

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ソロでも、バンドでも、ユニットでも、グループでもない。Base Ball Bear小出祐介主宰、そして彼の盟友であるチャットモンチー済の福岡晃子という二人による「音楽プロジェクト」マテリアルクラブ。彼らのファーストアルバム「マテリアルクラブ」が11月7日にリリースされた。

 Mummy-DRHYMESTER)、TOSHI-LOWBRAHMAN/OAU)、岸井ゆきの、Ryohu(CANDYTOWN)など、実に様々なゲストを招き、そんなゲストを「素材」つまり「マテリアル」としつつ、彼らの出自である「ロック」、今までは見せてこなかった要素である「ヒップホップ」、そして今までの彼らの経験値すらをも「素材」としたどの方向から切り取っても画期的な一作。

音楽アルバムを評価、あるいは批評する際に時折「実験的」という言葉が使われる。本来はそういった使い方はされていなかっただろうが、今となっては「実験的」という言葉は「わかりにくい」という言葉をまろやかに言い換えるために使われていることもある。「ポップス」という音楽ジャンルが目指すべき「大衆に理解される」ことは「分かりにくさ」の対極に位置するものでもある。

今回の「マテリアルクラブ」は一聴すると「実験的だなぁ」という印象を否応なく受ける。打ち込みで作られたオケにサンプリングされた男性の「カーテン」という単語を中心とした言葉が何度も繰り返される「閉めた男」は、そのあまりにも突飛な構成に思わず「僕は一体何を聞かされているんだろう?」という気持ちにさせられるし、「kawaii」はドキュメンタリー風のレポートの音声にまったく「可愛くない」バキバキのオケが鳴りまくっている。でも、その2曲がどうも癖になって繰り返し聞いてしまう。

そうして、繰り返し繰り返し聞いていると、実験的だと思い込んでいたはずのアルバムがどうもこうもなくひたすらにポップであることに気が付く。アメリカに在住していた経験を持つシンガーソングライターReiが英詞監修・ボーカルディレクションを務めた「Amber Line」は、何気なく聞くだけでは「これ洋楽ですか?」と思ってしまうくらいに違和感なく僕の身体に入ってくるし、美麗なオケはどこまでも突き抜けるように透き通る。TOSHI-LOWをボーカリストに招いた「告白の夜」はBase Ball Bear「不思議な夜」のその先の世界観を醸し出し、TOSHI-LOWの荒っぽくも落ち着いた歌唱は「今までになかった」けれど「王道バラード」の風格を漂わす。岸井ゆきのポエトリーリーディングオンリーで作られた「Curtain」は、小出祐介の最も得意とする「青春の情景描写」が一層洗練された、聴いているだけで瑞々しく蒼々とした青春の情景が瞼の裏に浮かび上がるような言葉の数々にただただ息を呑み、その世界観にひたすら没入してしまう。

彼らがロック、ヒップホップ、そして今までの経験値の3つを束ね、それを基に彼らの新しい音楽的文法で作られたこの「マテリアルクラブ」というアルバムは、どこまでも実験的で、わかりやすい訳ではないのにのに、どうしようも無くポップなのだ。

アルバム最後の曲「New Blues」で彼らはこう歌う。

2018 次の場所へ

ワクワクして 遊びに行こう

どうなるか 分からないこと 始めようよ

そして 新しい明日を探そう

 まだやれる気がしている

きこえる 次のフレーズ

移ろう 音の季節

まだ変われる気がしているよ

そんな「今から未来」への宣言でこのアルバムは終わる。

そして、また1曲目の「Nicogoly」を再生してしまう。

 誰かがドアを叩く

この次の曲がききたいの?

それなら少し待ってて

作るから 今から

僕たちはまだ、彼らの音楽の扉をノックしたばかり。

マテリアルクラブ

マテリアルクラブ