【CDレビュー】「祐介」、そして「世界観」でクリープハイプはどう変わったのか
クリープハイプ - 4th ALBUM「世界観」全曲トレーラー映像
小説「祐介」が発売になったのは6月30日のことだった。前日、バイト先の書店に向かうと邦ロックも聞きかじっているらしいキレイな人妻の幸薄そうな社員さんがが「ふじもとくん祐介出たよ~。買う?」と聞いてきたのをよく覚えている。そのときは僕自身金欠だったので買い控えしたが、しばらくして給料が入ってから購入した。東野○吾とか宮部○ゆきとか、とかく流行している娯楽小説のような会話と斬新な発想で魅せる小説ではなく、本当の意味での純文学、それこそ近年だと又吉の「火花」のような、会話シーンをかなり削って主人公のひとり語りが中心の小説だった。「火花」もそうだったが、あまり読みなれないジャンルに面食らってしまい、購入から2か月は経ったであろう今でも最後まで読み切れていない。バンドのファンとしても、音楽ファンとしてもどうかと思う。自分でも。
9月7日、クリープハイプとしては1年半振りのアルバム「世界観」が発売された。前作「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」はベスト移籍騒動後初のアルバムということもあり、尾崎世界観の「虚しさ」「悔しさ」「傷つき」故に母性を感じさせるポップさのあるアルバムになったように思う。「大丈夫」や「本当」、「二十九、三十」のような楽曲が出来上がったのは尾崎世界観自身、そしてクリープハイプというバンド自身が求めていたことを自ら楽曲に落とし込めたからこそ出来上がった楽曲なのではないだろうか。
そんな「一つになれないなら、せめて二つだけでいよう」そして「祐介」を経た次の彼らの作ったアルバム「世界観」は「クリープハイプ」というバンドの再定義であり、新しいチャレンジに溢れた作品で、まるで1stアルバムのような新鮮さに溢れたアルバムである。何より前作との変化を感じさせるのは歌詞だ。「祐介」を書いたことによって歌詞のレベルが格段に上がった。
歪んだギターの音から始まる「手」はいたってクリープハイプらしい1曲だ。繰り返されるサビは「憂、燦々」や「社会の窓」を彷彿とさせる。「ありきたりな感情が恥ずかしい」と歌っているが、彼らはそれでいい。ありきたりな感情を歌うから痛いほど共感してしまう。
「破花」はシングル曲。このあたりから今アルバムへの流れができたように思う。
「アイニー」は「境界のRINNE」のタイアップらしい「次元が違う」「コマで割れない」「週刊」のような漫画を彷彿とさせる単語を並べ、漫画やアニメの中の人物、言ってしまえば「虚像」に恋をする気持ちを描いている。「女の子」にも似ている気がする。
「僕は君の答えになりたいな」は泣き叫んでいるようなイントロのギターが特徴的。「残りの数字は皿の上に並べたら ラップにでもくるんで冷蔵庫の中へ」、彼らの生活感の溢れる歌詞は曲にリアリティを与える。
先行シングルとしてリリースされていた「鬼」は、電子音っぽいギターサウンドが新鮮なダンスチューン。タイアップとも絶妙にマッチしつつもクリープハイプらしい歌詞に尾崎の制作スタンスの変化を感じさせる。
クリープハイプ -「鬼」MUSIC VIDEO (藤原竜也主演ドラマ「そして、誰もいなくなった」主題歌) & 短編映画「ゆーことぴあ」トレーラー映像
「TRUE LOVE」はラッパーのチルブソとの共作。これもまた今までのクリープハイプには考えられなかった制作スタイルだろう。いい意味でやり尽しているし、これもまた新しいクリープハイプを再定義しているようだ。
R&Bっぽさの溢れる「5%」はアルコール飲料に絡めた言葉遊びが楽しくて、でもどこかえびゅ切なさの感じさせる歌詞。こういった楽曲は今までのクリープには考えられなかったし、こういう曲もできるようになったという所に彼らのスキルアップを感じさせる。
「けだものだもの」はダークな音像と最後の「死んでね」という歌詞にゾクッとさせられる。小手先の勢いだけじゃないこんな切れ味のある歌詞も書けるようになったのはやはり「祐介」があったからこそだろう。
「キャンパスライフ」は今回のカオナシ曲。疾走感がありながらもどこか怪しさがあるのは彼の声質からだろうか。途中のセリフなんかもすごくカオナシ曲っぽい。
「テレビサイズ(TV Size2’30)」はこれぞクリープハイプというか。前作にはなかった怒りのモチーフがモロに上手い方向に繋がった曲。魂を込めて作ったで曲を平然と縮めて放送したり当てフリを押し付けるような音楽番組の体質は腐っているとしか言いようがないし、デビューからそれなりに経って色んな音楽番組に出演する過程で尾崎やメンバーにも思う所があったんだろう。
「誰かが吐いた唾が、キラキラ輝いている」は尾崎の弾き語りのような曲だ。こういった曲が出てくるのも彼らの今後を楽しみにさせる要因でもある。ロックバンドだからバンドサウンドにこだわるのもいいが、色々な曲に柔軟に対応できるのも素晴らしい。
「愛の点滅」「リバーシブルー」は前作の流れをまだ引きずっているような曲。どうしてもこの作品の中では浮いているように思うが、ここまでの流れがあったからこそこの2曲で感じる幸福感がある。
クリープハイプ - 「リバーシブルー」MUSIC VIDEO
「バンド」は尾崎がクリープハイプというバンドに対して感じていることを赤裸々に吐露した曲だ。最後の壮大なバックコーラスやアルペジオなんかは今までのクリープには絶対になかった試みだろう。これが入ることによってより暖かさを感じさせる。
やはり全編通して随所にレベルアップを感じさせるアルバムだ。歌詞のクオリティは勿論のこと、楽曲のアレンジが今までには考えられなかったようなものに溢れている。これまでの彼らとは決定的に違う。チャレンジ精神にあふれた新鮮なアルバムだと思う。これはひとえにメンバーそれぞれのスキルの上達であり、尾崎世界観の引き出しがより増えたこともあるだろう。小説だけじゃない。タワレコとの共同フェスを主催したり、スカパラとのコラボやデビューツアーで回った土地を再び回るツアーを開催。この1年半で色々な経験を積んできた彼らだからこそこの傑作は出来上がったのだろう。彼らのレベルは間違いなく1つ上がったし、歌詞も、スキルも、アレンジも。全てにおいて一つ上の段階へ登った。全てが変わったと言っても過言じゃない。次の作品にもめちゃくちゃ期待出来そうだ。