バンドからメンバーが脱退する時の気持ちとその後の気持ち

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赤い公園がVo.佐藤千明の脱退を発表した。

勿論、赤い公園の音楽はよく聞いてたし、ポップなんだけどロックさも併せ持ち無邪気さが内包された彼女達の音楽は、他のどんなガールズバンドとも違う、明らかな「異彩」を放っていた。ボーカルの佐藤さんの歌声は、パワフルかつキュート、さらにそこに繊細さも加わった唯一無二のものだった。赤い公園の音楽性の魅力のひとつには間違いなく、彼女のボーカルがあった。だからこそ、今回の脱退は残念だ。にわかファンの僕が言うも何だが。

こと音楽活動において、バンドやグループからメンバーが脱退する、という事の何とも言えない虚無感は他の何とも形容し難い。解散とも、活動休止とも違う、「脱退」にしかない悲しみや苦味というものがある。バンドやグループを追えば追うほど、音楽だけではない、音楽という範囲から超えた「魅力」が沢山見えてくる。それは例えば人間性とか、ファンとメンバーの距離感とか、メンバー同士の関係性とか、MCやメディア露出におけるキャラクターや言葉の選び方とか、そういうものが「音楽を演じる者の音楽以外の魅力」。そういう「愛着」とも言えるようなものが全てゼロになってしまうような虚無が「脱退劇」には、たとえ実情がそうでないとしても、そういう風に捉えざるを得ない瞬間がある。それはきっと僕たちリスナーが、バンドやグループに対して音楽だけじゃなくて「ドラマ性」みたいなものも求めているからだろう。デビューから少しずつライブのキャパが増えていったり、アルバムを出すごとに売上が増加したり、オリコン1位取ったり。そういうものが全部バンドやグループのドラマ性に繋がっていて、メンバーの人間性と合わせてそういうものを見ているからこそ、脱退劇が起こった瞬間にどうしようもない空しさを感じてしまう。

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 以前、こんな記事を書いた。Base Ball Bearからギタリスト湯浅将平が脱退したときの僕の率直な気持ちだった。本当に心の底から悲しかった。もうベボベの曲を素直な気持ちで聴けなるかもしれない。そう思った。

でも、彼らは進み続けた。発表直後に控えていたツアーは様々な先輩の力を借りて無事完走、夏フェス、ベスト盤リリースとそれに伴うツアーと怒涛の活動を展開し、4月には現体制での始めてのアルバムをリリース、現在はニューアルバムに伴うツアーを絶賛開催中だ。

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 彼らは、自分たちが思っても見なかった世界に突入しても尚、前に突き進むことを選んだ。そしてそこから生み出された作品、そしてライブは、確かな希望とあたたかい未来の在り処を感じさせる、新鮮さと充実さの2つを感じさせるものだった。「脱退」は絶望ではなく、彼らが選んだひとつの道でしかなく、その先で良いものが生み出せるのならば、それはもう「絶望」でもなんでもない、ただの途中過程なのだと。脱退劇以降のBase Ball Bearを見ていて、そう思えるようになった。

赤い公園の件の発表の直後、Base Ball Bear小出祐介が彼女たちについてこんなツイートをしていた。

彼自身も苦しんだからこそ、こうしたことが言えたのだろうし、ベボベ自身赤い公園に助けられた部分もあって(昨年開催されたでんぱ組.incの胎バンツアーでは赤い公園津野米咲ベボベのサポートに迎えた)、言わば恩人でもあるし、良い後輩でもあるのだろう。そういう経緯や関係性を知っているからこそ、僕はこのツイートが痛く泣けて泣けて仕方が無かった。

赤い公園も、今はまだ真っ暗闇の中なのかもしれないし、もう既に未来への確かな手応えを持った上でこの選択をしたのかもしれない。どちらにしても、そこまで悲観的になることも僕は無いんじゃないかなと思う。残った3人にも、脱退してしまう佐藤さんにも、これからも果てしない音楽人生が待っていると思うし、その道の先でまた巡り合ったって良いと僕は思っている。彼女たちの未来は、名曲「NOW ON AIR」のようにきっと、底抜けに明るい。

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