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近年の桑田佳祐ワークス4作品の考察

今回の記事は誰かに読んでほしい!というものではなく(無論、読んで頂けるのであれば最高にハッピーなのは間違いないのですが)自分が思ったこと、考えたことを忘れないための備忘録の要素がより強い記事になります。端的に言うとなんか癖がすごい感じですよろしくお願します。 f:id:fujimon_sas:20170831062648j:image

今回桑田佳祐が「がらくた」という作品をリリースしたことによって、今までのアルバムの見え方も変わった気がする。

遡ること2005年、桑田佳祐サザンオールスターズとしてアルバム「キラーストリート」をリリースする。「キラーストリート」は、サザンオールスターズからギタリストが1人脱退して以来、はじめて制作されたアルバムであり、それまでの制作形態とは大きく異なる形で作られたことが楽曲のクレジットからも見て取れる(本来メンバーが演奏する楽器まで桑田が演奏している事がクレジットから伺える)。彼は、「キラーストリート」を「ラストアルバムだという覚悟で作った」と語っている。しかし完成後、桑田は全く「キラーストリート」の出来に満足していなかった。彼が「キラーストリート」の出来に全く満足していなかったのは今なお明々白々で、08年にサザンを止めたのはそういうことも理由としてあった、と本人が休止前のラジオで語っている。

彼は、08年の段階で1度サザンを完全に止めて、「キラーストリート」の次に制作するアルバム→「キラーストリートのリベンジ」を試みる。それこそが「MUSICMAN」という、究極の幕の内弁当アルバムだった。ポップス、ロック、打ち込み、と多岐にわたる音楽性が込められているのは「キラーストリート」と「MUSICMAN」の共通項である。

MUSICMAN」の出来は彼にとって「キラーストリート」を遥かに凌駕するもので、実際彼自身やっとここ1年であのアルバムのダメなとこを指摘しだしたくらいで(なんかそれもタイトルがどうのこうのって程度)、それまでは本当に絶賛していた。桑田佳祐の「MUSICMAN」への自信は相当なものだった、あるいは今なお絶対の自信を持っていると考えられる。

MUSICMAN」の出来に満足した桑田佳祐は、サザンとしての活動を再開する。それは同時に 「キラーストリート」で失敗したサザンで作品を作ることだった。13年に段階的に活動を再開したサザンは、14年以降本格的にアルバム制作に乗り出す。そうして完成したのが「葡萄」だった。これはサザンとしては実に10年振りのアルバムとなり、それはつまり「キラーストリート」から10年という時間が経過したこととなる。彼の「葡萄」に対する評価は何とも言えないが(発売直後にラジオで収録曲に対してボヤいていた記憶がある)少なくともサザンを完全に止めるところまで追い詰めた「キラスト」程ではないことが、その後の発言や活動の流れからも伺える。

「葡萄」を作り上げた桑田佳祐は再度ソロ活動を始める。「MUSICMAN」は「キラーストリート」のリベンジ作品であり、内容も「キラーストリート」のコンセプトに近い部分があったように思う。「キラーストリート」の「ラストアルバム"のつもりで"」制作している所は「MUSICMAN」にも共通する要素だろう。「キラーストリート」は彼の敬愛するThe Beatlesのラストアルバム「アビーロード」を、「MUSICMAN」は彼が生まれ育った国、日本の「日の丸」をモチーフにしている。アルバムに背負わせた覚悟がここから見えてくるのではないだろうか。これらのこと、そして彼自身のインタビューやエッセイなどからも、この2作を「集大成」とする意識を持って作られたことが分かる。

一方、「葡萄」では「和」をテーマにするという、比較的コンセプチュアルな側面が大きかった。それは結果的にそれまでのサザンオールスターズのパブリックイメージとは離れたものにはなったものの、作品、そしてその後回ったツアーと、今までにない、あるいは大衆がイメージするサザンオールスターズとは全く違ったサザンオールスターズを魅せることが出来たのではないだろうか。

そして、その「コンセプチュアル」な作風は、「新機軸」なモノを魅せる、という感覚に変化していく。ソロ活動再開後、はじめてリリースされた「ヨシ子さん」はまさに新機軸。そしてその感覚はアルバム「がらくた」にも内包されることになる。

以上のことから、「キラーストリート」の呪縛から完全に解き放たれた状態で作られたアルバムが「がらくた」だった、と私は推察する。「MUSICMAN」そして「葡萄」は、「キラーストリート」の面影、感覚(それはキラーストリートの「失敗」という事実を含め)を踏まえて作られた作品であり、それは「呪縛」とも形容できる。「がらくた」は「キラーストリート」以来初めて桑田佳祐がその「呪縛」から解き放たれた状態で作られたアルバムだった、と考えると、「がらくた」における制作における体勢の軽やかさ、新境地とも言える音楽性にも頷ける。

キラーストリート」「MUSICMAN」「葡萄」、そして「がらくた」。改めて時系列に追って考察してみると、どの作品も作られるべくして作られている。「がらくた」後の桑田佳祐はどういう活動を、どういう作品を作り上げるのか。まだ「がらくた」が発売されたばかりにも関わらず、楽しみで仕方が無い。