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雑記

カルチャーが好きなだけ。

【CDレビュー】サザンの本質は"多面性"である【さくら サザンオールスターズ】

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サザンオールスターズ「さくら」。1998年に発売されたこのアルバムは、サザンのオリジナルアルバムとしては久々にミリオンセラーに至らなかった。その理由はこのアルバムがサザンのイメージとして根付いている「夏」や「海」の要素や「キラキラしたポップ」を打ち出した作品ではなく、ゴリゴリのギターがフューチャーされた「ハードロック」然としたアルバムだったからに他ならないだろう。だが本来のサザンオールスターズと言うバンドは「夏」「海」な所謂ポップス的なモノだけでなく、「愛の言霊~Spiritual Message~」などに代表される「ヒップホップ」や「民族音楽」、「ナチカサス恋歌」などに代表される「郷土音楽」、「ミス・ブランニュー・ディ」などに代表される「テクノ・デジタル・ロック」などなど・・・多種多様なジャンルの音楽で多種多様な題材を歌いあげるのがサザンオールスターズというバンドだ。そんなサザンオールスターズの「本質」を「ロック」という器を用いて前面に出したのがこの「さくら」というアルバムだろう。その姿はまさにミュージシャンとして、そしてバンドとして美しすぎるほどに正しいと言わざるを得ない。
 
①NO-NO-YEAH/GO-GO-YEAH
アルバムの1曲目を飾るこの曲は、桑田佳祐作品の大きな特徴の一つ「何言ってるかよくわかんねぇ」が全面に出ている。出だしの「赤いビニール繊維」という歌詞、いくら聞いても「うおあかんびにいせんにぃ」としか聞こえない。これぞ桑田佳祐節。個人的には日本語とロックの相性って実は悪いんじゃないかと思ってて。だからサザンオールスターズの出現以前はロックバンドはあまり出てこなかった。「はっぴいえんど」が居たけど、洋楽の様な激しいロックサウンドという訳では無かったのではないだろうか。「日本人がカッコいいロックをやるためにはどうすればいいのか」に対する一つのアンサーとして桑田佳祐は「歌詞を崩す」やり方を生み出し、その後の日本ロック界隈に大きな影響を与えた。そしてデビュー20年目の今作で桑田佳祐は「その究極形」を生みだしたと思っている。
 
②YARLEN SHAFFLE〜子羊たちのレクイエム〜
「日本の安全神話の崩壊を歌った」とされているが(Wikipediaより)要は「日本も物騒になってきたよね〜」といった曲だろう。学校教育や会社、夫婦や宗教観といった当時(今でも?)社会問題とされていた題材を、前曲「NO-NO-YEAH〜」からの流れを汲むように、まくし立てて何言ってるか分かんねぇ的な曲に仕上がっている。「揺りかごを揺らす手が殺意のリズムに変わればYARLEN SHUFFLE」は必殺のキラーフレーズ。
 
③マイフェラレディ
このアルバムでは勿論のこと、そしてサザン史上でもNo.1のエロソング。ジャズっほい、バーとかで流れててもよさそうなお洒落な音の中に連打されるエロフレーズ。それも、いつもの桑田節童貞的エロではなく大人の...というかディープでズブズブなエロスの深層に潜っていく感覚。
 
④LOVE AFFAIR〜秘密のデート〜
今や彼らの代表曲。サザンの十八番である明るいポップスに「不倫」という重いテーマを落とし込めた1曲。他の不倫ソング、例えば「恋に落ちて-Fall In Love-」なんかがそうだと思うが、やっぱりどこか物悲しい作風になりがちだ。それは不倫が「いけないこと、だけど恋は頭でするものじゃない」「禁断の恋」という表れとしてそういう物悲しいメロディに物悲しい歌詞、みたいな作品が出来上がる。ただこの「LOVE AFFAIR」の場合、底無しに明るいポップスに、物悲しい、まさに「切ない」歌詞が乗る。そのギャップによってより切なさがどんどん増幅していく。とても上手な作りだ。
そして単に「デートソング」としてもこの曲は優秀だ。個人的にデートソングの肝は「具体性」をどれだけ曲中で演出するかだと思う。比較として2015年に発売されたBase Ball Bearのデートソング「不思議な夜」を出す。
「不思議な夜」はAメロでガッツリとこの曲中で語られる具体的なデートの経緯を示している。「終電逃し 明日休みだし ちょっと青春してみないかい?」「車少なし シルエットの都心 目標どのあたりまで」「築地でお寿司!24時間営業のチェーン店でも市場クオリティーなの」「お腹も満たし 始発前だし なんとなく青春してみないかい?」「潮の香りの 首都高速11号の高架下を海へと下る」。東京に住む社会人2年目くらいの青年が、会社の飲み会で終電を逃し、たまたま居合わせた同僚の女子と始発まで時間を潰すために街を散策する。その過程で築地の寿司チェーン(多分すしざんまい)で食事したり、台場方面へ向かう首都高の高架下を2人連れ添って歩いたり。レインボーブリッジが見える頃、朝日が上る。そんな数時間の間に、今までは気にも止めていなかった女子に惚れかけてる自分。これは魔法?そんな青年の「恋の始まり」を明確な具体性を持って示している。
一方、「LOVE AFFAIR」はというと、なんとサビでこれでもかとデート内容を具体性を持って示してくれる。「マーリンルージュで愛されて 大黒ふ頭で虹を見て シーガーディアンで酔わされて まだ離れたくない」「ボーリング場でカッコつけて ブルーライトバーで泣き濡れて ハーバービューの部屋で抱きしめ また口付けた」。横浜でデートする不倫関係の男女。みなとみらい近郊の夜景。バーカウンターで肩を並べる2人。お互いダメだと分かっていて、でも恋は頭で出来るものじゃない。海が見えるホテルの部屋で愛し合った後、夜明けの街で2人は他人の関係に戻る...。「不思議な夜」との決定的な違いは「サビかAメロか」ということだろう。勿論比較して一概にどちらが良いか、という訳ではないが、一般に認知されていない可能性の高い固有名詞を敢えてポップスのサビの歌詞に配置することで「デートソングとしてのリアリティ」をより強固なものにしているのだ。とても画期的で、発売から20年近く経った今でもこの曲から新鮮さが褪せない1つの理由がこれなのではないだろうか。不倫ソングとしても、またデートソングとして画期的・新鮮みのある作品だったからこそサザンの代表曲の一つとして未だにこの曲が君臨し続けているのだろう。
 
⑤爆笑アイランド
揺り戻し。当時の、そして今でもなお社会問題として在り続けている「核兵器」「援助交際」「宗教テロ」「口だけのリーダー」を桑田佳祐らしい切り口の歌詞で痛快に歌われている。ラスサビ前のラップ部分「現下の最大の問題に 国民の生の声を 私内閣総理大臣としての責任を感じ 真摯に受け止め 情報化、国際化、少子高齢化の問題に 全身全霊を打ち込みます。」は、当時首相だった小渕惠三が内閣発足時の演説で実際に使った言葉であり、その後2008年に歌われた際には一部歌詞を08年に問題とされていたことに変更されて歌われた。また、14年末の年越しライブでは2番の歌詞を同年12月に行われた衆議院解散総選挙を受けて衆議院解散など無茶を言う」という歌詞に改められて歌われるなど、発売から年月が経った後もその時勢時勢に合わせて歌詞を改めながら歌われ続けている。この歌が歌われなくなるくらいクリーンな社会が理想だが、現実はまだまだ厳しく、むしろ悪化していくばかり。「大爆笑 Plastic Island」から僕達は逃れられない。
 
⑥BLUE HEAVEN
桑田さんのスライドギターが美しすぎる。サザン史上1の桑田さんのギタープレイなのではないだろうか。実は楽器は割と何でも出来る桑田さん。その中でもギターは切っても切れない関係なんだと思う。「翼の折れたエンジェル」は中村あゆみへのオマージュだろうか。サザンの大きな側面、だが今作では大きくフューチャーされている訳では無い「切ない海ポップ」な1曲。
 
⑦CRY 哀 CRY
ハードロックと和歌のような日本古文を融合させた意欲作。「CRY 哀 CRY」は「Cry I Cry」ということなのだろうか。ハードロックな音を聞くと、「この曲はめちゃくちゃロックな事を言っているに違いない」と思いがちだが、古文を現代語に訳すと実は結構普遍的なラブソングに近い。日本語の綺麗な部分とハードロックの泥臭い部分が混ざりあった、実に面白い試みだと思う。
 
⑧唐人物語(ラシャメンのうた)
このアルバムの原由子ボーカル枠。
ここで歌われる「唐人」とは「斉藤きち」という幕末から明治期にかけての芸者さんのこと。日本開国後の安政4年、下田の領事館で日米外交を精力的に行っていたタウンゼント・ハリスは慣れない異国暮らしに体調を崩す。これに困ったハリスの通訳は、ハリスの世話をする日本人看護婦の斡旋を地元の役人に依頼する。しかし当時の日本人には「看護婦」の概念がよく分かっておらず、妾(めかけ、=いわゆる愛人)の斡旋依頼だと勘違いする。そこで候補に上がったのが当時人気の芸者、お吉だった。当時の大多数の日本人には外国人に対する偏見を持っていた。外国人に身を任せることは恥だとする風潮があった。そんな背景があったことや、幼馴染の婚約者がいたお吉は最初は固辞した。しかし幕府役人の執拗な説得に折れ、ハリスのもとへ赴くこととなる。最初こそ地元民はお吉に同情的だった。しかし、段々とお吉の羽振りがよくなるにつれ、人々は嫉妬や侮辱のような目を向けるようになった。ハリスの容態が回復した3ヶ月後、お吉は解雇され再び芸者となるが、人々の冷たい目線は変わらなかった。お吉は酒に溺れるようになり、芸者を辞め開いた髪結業も、周りの偏見でそう長くは続かなかった。お吉は今で言うアルコール依存症に陥り、やがて稲生沢川という川に身投げをし、この世を去ったとされる。以上がこの楽曲の題材となった「唐人お吉」の顛末だ。
ラシャメンとは洋妾、つまり異国人にその身を売った者を迫害する意味の言葉でもある。この題材を知った上で曲を聴くとひと味もふた味も違った聞き心地がするのではないだろうか。
下田港を訪れた黒船が 沖遥か彼方に揺れ 駕籠で行くのは 時代に翻弄ばれた 眉目清か 麗しい人」「死ぬのは易くて 生きるは難しと 三味の音に託せし人」「石や礫にラシャメン結いに後ろ指さすひとりひとり 恋の涙と雨降る中を 己が愛した人は去く
桜が舞う下田、遠くに見える黒塗りの船、婚約を誓ったはずの幼馴染みとの別れ、地元民から迫害される和服の女性...。そういう映像が浮かんでは消えていく。
 
⑨湘南SEPTEMBER
サザンの十八番湘南ポップ。サザンのイメージ通りのものを狙って作ったという感覚。この「セルフオマージュ」というやり方はその後の「キラーストリート」に良くない影響を及ぼしたのは事実だが、この曲に関しては比較的に上手に出来ていると思う。「湘南」という呼称に対して否定的な桑田佳祐が敢えて「湘南」をタイトルに掲げた、という点では意欲作なのかもしれない。何よりこういう曲が好きだからこそサザンを好きになったのだ。晩夏、夕暮れの浜辺、ワンピース姿の彼女と温くなった清涼飲料水、遠くに見える江ノ島。出来すぎなシチュエーションな気もするが、そんな映像が頭に浮かぶ。
 
⑩PARADISE
打ち込みサウンドを多用し、核問題をテーマしたリードシングル。売上としては芳しくなかったかもしれないが、英語と日本語が交互に飛び交う感覚や、ハラボーの途中の台詞なんかも含めて、サザンらしい1曲なのじゃないかなと思う。保有つべきか何故保有たざるべきかのSeeSawGame」「あの夏の悪夢を永遠の心に 過ちは神の数だけ我に」という一節に、「核兵器問題」という日本だけでなく、世界に蔓延する暗く深い問題について考えれずにはいられない。
 
⑪私の世紀末カルテ
ギターとハーモニカ、最後の方にチラッとオルガンが入るのみで構成される、「桑田ソロですか?」な楽曲。しかし、ソロで行ってきた弾き語りソングと比較しても半端じゃない出来だと思う。「家に帰るとテレビがなくては死んでしまいます」という出だし一発で撃ち抜かれるような感覚になる。途中に差し込まれる不倫を彷彿とさせる歌詞も、上記した「LOVE AFFAIR」との対比が出来て面白い。繰り返し出てくる「ホロホロリ」という歌詞からも、哀しみが痛いほど伝わってくる。ディープで重いこのアルバムの中でも、より一層のしかかってくるような1曲。福山雅治がラジオでカバーしてたりもする。チョイスがえげつない。
 
⑫SAUDADE 〜真冬の蜃気楼〜
ボサノヴァ調の哀愁漂う1曲。大人なドラマの主題歌になっててもおかしくないような、ダークな雰囲気が漂う。「ウルカ」「コルコバード」「イエマンジャー」「アフォシェ」といったブラジルを舞台としたワードが出てくるのもこの曲の世界観をより強固なものにしているのではないだろうか。
 
⑬GIMME SOME LOVIN' 〜生命果てるまで〜
ロック然としたサウンドにSMプレイを彷彿とさせる歌詞。①のようなハードロックというよりはポップさを兼ね備えたロック、的な。シンセサイザーが鳴ってる感じも含めて聞きやすくて好き。いい意味で重い感じがしない。
 
⑭SEA SIDE WOMAN BLUES
桑田佳祐作品史上1の「情けねぇ失恋野郎」ソング。出だしからラストまでずっと情けねぇ。「惚れて 振られた女性の名を 酔ったフリして呼んでみた あの日から大人になれなくて 独り身じゃ眠れない」「夏の終わりと知りながら 逢えば浮世の恋時(こいねぐら) 情けない男と言われても 振り返る渚橋」逗子あたりのバーで独りで酔いつぶれてる男、その目には涙、みたいな画が浮かんでくる。ポップスや、ましてやロックでもなく、ブルース。それも、真正面からブルースじゃなくて、演歌寄りのブルースといった感じ。音も派手さはなく、地味さすらあるが、それがまたたまらなくこの曲に合っている。「悲しくて酔えないこともある」という一節がめちゃくちゃキラーフレーズ。「振られる悲しみ」をこんなに明確に表現してる歌詞を他に俺は知らない。男はずっと大人になれないまま、恋なんていう惚れた腫れたを繰り返す生き物。本当に「"愛"という字は真心で "恋"という字にゃ下心」だし、振られる度に「悲しくて酔えな」くなる。
この曲に酷いくらい共感してしまう自分もまた、情けねぇ男だなぁと思う。
 
⑮(The Return of)01MESSENGER〜電子狂の唄〜<Album Version>
39thシングルのアルバムバージョン。曲名長っ。
元々のシングルも電子ロック的なサウンドだったが、アルバムバージョンではより大幅なアレンジが加えられた。このアルバムの中でも1番カッコイイ曲だと思う。歌詞も「KAMAKURA」に収録されている「Computer Children」をよりマッシュアップしたような、インターネット社会を風刺した歌詞になっている。「孤独な部屋にプライベート・アイズ  こんな時代は誰もがファイルされてるものさ」より一層情報化が進む現在でもこの歌詞は有効だ。「人間より進化した悪魔の抵抗?」悪魔とはコンピュータそのもの。近い将来、機械が人を超える日が来ることを桑田佳祐は暗示していたのかもしれない。
2015年に開催されたツアー、「おいしい葡萄の旅」で16年振りに演奏された。元々このツアー、新作の「葡萄」と王道サザンソング、そしてレア曲が乱れ飛ぶ最早異常とも言えるようなセットリストだったのだが、特に筆者が喜んだのはこの曲だった。毎回同じ曲じゃなくてもっと日の目を見ない曲もこうやって積極的に演奏して欲しいものだ。
 
アルバムの締めは恒例の王道バラード。ピアノやオーケストラ、サクソフォンが風のように鳴る。歌詞は当時のメンバーに向けて書いたもの。「お互い出会えた場所へ帰りましょう」「一緒に歩いた旅路は果てなく」なんて、メンバーに向けた歌詞だと知った上で聞くとより切ない。また、小林武史との共作から離れて、青学で音楽を楽しくやっていた頃への原点回帰をも思わせる。「Young Love」、そして「さくら」を締めるバラードは今までのようなラブソングではなく、「愛」を歌う本当の意味でのラブバラードになっていたと思う。「Young Love」の「心を込めて花束を」は家族愛を、そしてこの「素敵な夢を叶えましょう」は他でもない「友情」という「愛」だろう。何故か「心を込めて花束を」はよくライブで演奏されるのに、「素敵な夢を叶えましょう」は演奏されない。メンバーに向けた歌だから恥ずかしいのかな。サザンのラストライブで聞けたらいいなと思う。
 
 
先にも書いたように「さくら」は、世間が求めるサザンから乖離した重いアルバムだと思う。結果的にセールスが振るわなかったのも前述の通りだ。しかし、よくこのアルバムを聞いてみるとロック的な曲、重くのしかかってくるような暗い曲の合間合間に今までのサザンっぽい湘南的ポップスが名を連ねているのも事実だ。その二面性がめちゃくちゃ面白いアルバムだと思う。
繰り返すようだがサザンは何も湘南ポップスだけやり続けてきたバンドではない。多様な音楽ジャンルをすべて桑田節として昇華し続けてきたバンドだ。そんな「世間が求めるサザン像」所謂「王道サザン」じゃない部分を手っ取り早く聞きたいなら間違いなくこの「さくら」がオススメ。「王道」と「邪道」のミルフィーユ構造で、サザンの本質である「多面性」に是非打ち抜かれて欲しい。一聴あれ。
 

 

 

 

さくら(リマスタリング盤)

さくら(リマスタリング盤)