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雑記

カルチャーが好きなだけ。

ミュージシャンと思想



 

 

 

音楽垢のTLで面白い議論になったから改めてブログに纏めてみる。

僕は、音楽そのものが「何か強い気持ち・感情を表現する場」だと思っている。そして、音楽は人間が作り出す場であり、人の考えによって作り出されている。人間が作るものな以上「思想を持つな」ということは無理なことなんじゃないかと思う。問題はその思想が「理にかなったモノ」か「そうでないもの」のどちらなのかが問題なんじゃないだろうか。

そもそも「思想」とは。「人間が自分自身および自分の周囲について、あるいは自分が感じ思考できるものごとについて抱く、あるまとまった考えのことである。」(wikipediaより)

である以上、それが仮に「お腹がすいたからハンバーグが食べたい」だって思想なのだ。これは極論かもしれないが。だが例えばラブソングによくあるような「あの娘と付き合ってキスしたい」だって一つの思想から出来たものであり、そこに貴賎はない。

 

「思想」という言葉を聞くとやけに社会的なモノだと錯覚しがちだけど、「ミュージシャンの思想」がなければ何も作れない。前述した通り、ミュージシャンが音楽を作るモチベーションの根底にあるモノは「自分の中に溜まった沸々とした感情・想い・思想」みたいなものだと思うし、むしろそれこそが良いミュージシャンへの条件であり・その感情や想いが聞き手と合致したとき、初めて万人が良いと思う歌を作ることが出来るミュージシャンに近づくんじゃないかと思っている。ミュージシャンとは「アウトプットしたい感情」が無ければ何も生み出せないし、「アウトプットしたい感情」がある人間こそ「芸術的な作品」を生み出せる。ミュージシャンだけじゃなくてもね。

 

社会的・政治的な思想はとかく嫌われがちだけど、それだって理にかなってるモノなら別に俺はいいんじゃないかなと思う。

ただ、「差別的な思想」は駄目だよね。ロックとは反体制かもしれないけど、特定の民族や人間を差別するようなモノは音楽と口が裂けても言いたくないね。

 

個人的に「ああこういう視点の社会的なメッセージソングかぁ面白いな」と感心した曲を一つ。

Base Ball Bear「それって 、for 誰?」part.1

 Vo&Gtの小出祐介のかなり独特な思想が強く描かれている。政治的思想ではなく、SNS的思想?一聴あれ。