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雑記

カルチャーが好きなだけ。

旅行記@2016/08/19-20 ~サザン所縁の地を回る湘南観光の旅~

半年前の夏、僕は東海道新幹線に乗って品川駅を目指していました。2015年の夏、サザンオールスターズ武道館公演に参加して以来、3か月くらいの周期で東京に行くことが僕の決まりのようになっていました。元々横浜に住んでいたこともあって、あの辺の文化やら雰囲気が結構、いや、かなり好きなのです。とはいえ今住んでる街に引っ越して来て以来はなかなかあっちの方面には行けずじまいだったのですが。で、武道館公演に行ったときに「意外と行けるもんだな」ということに気付き、それ以来ライブの東京遠征をよくしていました。15年末に福山雅治、16年春にBase Ball Bearといった感じで。その度に東京に住んでいる同級生を引っ張りまわしてはいたのですが、「たまには用事のついでじゃなくて真っ当に遊びに行こう」と思い、湘南旅行を計画したんです。その模様を思い出しながら書いていこうと思います。

10時に品川駅着。「なんで湘南旅行なのに品川?」なんて声が聞こえてきそうですが。今回の旅は友達が借りてきたレンタカーで行くことにしてまして。折角なら東京~横浜の街並みを見ながら湘南方面に向かいたいと思ったので品川で集まることになりました。約束の時間を少し過ぎた頃、全員が揃いました。早速湘南方向に車を飛ばします。

今回集まったメンバーは中学時代の同級生3人+共通の後輩1人の計4人。車内では当時の同級生や担任教師の今の話なんかで盛り上がりました。BGMは勿論サザンオールスターズ。僕の影響もあって後輩をはじめ、皆多かれ少なかれサザン好きだったりします。横浜の港が見える道路に差し掛かった時には勿論「LOVE AFFAIR ~秘密のデート~」。気持ちよくみんなで合唱してみたり。

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12:00頃、鎌倉周辺に到着。まずは江ノ島だ!とそのまま藤沢方向に足を延ばしました。

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途中、江ノ電に遭遇。この色、この形が好きだなぁ。

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もうすぐ江ノ島

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江ノ島ではシラス丼をいただきました。普段食べているシラスは釜揚げのものですが、ここでは生シラスと釜揚げのWシラス丼を。新鮮な生シラスは格別に美味!!

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友人はかき揚げ丼。少しいただきましたが、これもまた美味。

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当時、ポケモンGOが流行りだしだったこともあり、こんな看板も見つけました。

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そのまま江ノ島を観光してもよかったのですが、ご飯後に甘いものが食べたかったので鎌倉方面へ。極楽寺にある「Café 坂の下」を目指します。

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途中、鎌倉高校前駅近辺で海と江ノ電をパシャリ。

極楽寺には駐車場がなさそうだったので、長谷駅傍の駐車場に。そのまま「Café 坂の下」を目指します。「Café 坂の下」はドラマ「最後から二番目の恋」「続・最後から二番目の恋」の舞台の元ネタになった古民家カフェ。

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ずっと大好きなドラマなので僕にとってはもう念願叶ってといった感慨さえ生まれました。

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抹茶パンケーキ。ふわふわでこれまた美味。

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折角なので一駅分江ノ電に乗ってみよう&ついでに極楽寺を見ようと言うことになり、極楽寺駅へ。

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なんと、極楽寺駅に「最後から二番目の恋」キャストのサイン&ポスター&台本が!!!!これは本当にテンション上がったなぁ。

もうそろそろ夕方。折角だから浜辺に出よう!ということになりそのまま茅ケ崎・サザンビーチへ。

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着く頃にはもう夕方でしたが、これがまたイイんです!

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黄昏時のサザンビーチは今まで見たどんな海よりも美しくて、いつまでもここにいたいと思えました。

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そろそろ帰ろうか、と茅ケ崎最寄りの高速ICから東京は新宿に向けて車を飛ばします。首都高初体験。東京ってすげぇなって改めて思わされました。

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そのあとは新宿で飲み。流石金曜、居酒屋がどっっっこにも見つからない。仕方ないからキャッチの飲み屋に入ったらまあああああああハズレ。最悪も最悪な居酒屋で。やっぱりキャッチはだめだねと思いながら解散。

僕は後輩の住む下北沢に泊めてもらうので、下北沢の鳥貴族で2人で飲み直し。ゆっくり飲んで、帰って速攻就寝。

翌日、渋谷の「ラケル」に行こう!という話に。後輩もかなりのサザン好きなのでノリノリ。11時くらいに家を出て駅へ・・・・向かう途中に「丸亀製麺」の文字。どーしても食べたくなったので後輩に無理言って丸亀製麺を食べました。ラケル行くのにね。

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そのままラケルに行っても食べられないと思い、渋谷タワレコに。自分がよく行くCD屋なんか比じゃないくらい大量のCDが陳列されていてこの世の天国かとも思いました。クリープハイプ尾崎世界観のサインにテンション上がったり。

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さていよいよ念願のラケルに。ビックリするくらい桑田一色。スゲーなと思いつつハンバーグオムライスを注文。めちゃくちゃ美味しかったなぁ。

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そのまま御嶽神社へ。都会の中にポツンと取り残された神社はまるでタイムスリップしてきたような感慨さえありました。

そのまま品川駅に向かい、新幹線に乗って帰宅。めちゃくちゃ充実した二日間。「旅行記」とは書きましたが、どれもこれもルーツを辿れば「好きなカルチャー」に辿り着くんですよね。湘南やラケル御嶽神社は言わずもがな桑田佳祐作品の影響だし、「Café 坂の下」なんかドラマ見てなきゃ絶対行かなかっただろうし、下北沢に泊まったのだってそりゃ後輩が住んでるからってのもあるんだけど、Base Ball Bearをはじめとした下北沢的ロックバンド好きとしては下北の空気吸うだけで嬉しいし。ホント徹底的に僕の趣味で動いてるのに、文句一つ言わずに付いてきてくれる友人達には感謝しか無いですね。この2日間は紛れもない去年一番の思い出。また鎌倉行きたい!

Base Ball Bear「二十九歳」と「普通」の正体

 はじめに

これから読んでいただく記事は当ブログ「私の好きな音楽〜Base Ball Bear編〜」及び「「呪い(のろい)」と「呪い(まじない)」【Base Ball Bear「二十九歳」】」を「rockin'on presents 第3回 音楽文 ONGAKU-BUN 大賞」への応募用に再編集したものです。結果は落選となりましたが、この「音楽に関する文章の執筆」を通して「自分の在り方」をも考えることが出来ました。上記事を読まれた方は繰り返しになってしまうかもしれませんが、よければお付き合いください。

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「普通」という言葉がある。実に便利な言葉だと思う。そして卑怯な言葉だとも思う。全く同じ顔や形をした人間がいないのと同じように、人は誰しも違う感情や考えのもとに何かを話し、行動する。それなのに、「普通」という言葉で一括りにされ、また「普通」を盾に感情や考え・言動を外部から制限されてしまうこともある。「普通」の絶対的な規定や条件は存在しないし、「普通」について具体的に示された書物も存在しない。世界中どこを探しても、「普通」はどこにも提示されていない。小さなコミュニティのなかで作られた「価値観」という曖昧なものに僕たちは翻弄され続けている。

僕の学生時代は今振り返ってもとてもじゃないが充実とは程遠い場所にあった。小学生の頃は本当に死を選ぼうと思ったことが幾度となくあった。学校の窓から飛び降りようと何度もした。その原因は自分の考え方や言動、体の成長や趣味嗜好、何もかもが他の同級生と違い、それ故に起きてしまう「いじめのような何か」だった。自分とは違う人=「普通」じゃない人、だから排除しようする動きがどこかで発生する、という図式は何も小学校という小さな社会の中だけの話ではなく、あれから10年以上が経過した今でも痛いほどに感じているモノだ。中学時代もその名残は途絶えず、高校時代は周りと必死に合わせながら生きていた。音楽も、考え方も、趣味も、「本当の自分」の全てを抑えつけながら必死に日々を過ごしていた。だから、とは言わないが高校時代はそれまで程苦になることなく卒業できた。でも、日常のどこかに確実に存在していた違和感は3年間ずっと拭い切れなかった。やはりその違和感の根底にあるものは「普通」だった。僕は周りにとって「普通」じゃなかったからずっと生きにくかった。教師も、友達も、両親も、誰もこの違和感の正体は教えてくれなかった。

高校時代、Base Ball Bearというバンドの存在を知った。「青春」についてよく歌っているバンドだな、というのが最初の印象だった。「BREEEEZE GIRL」や「short hair」という曲群を聞いて確かに感じた甘酸っぱさや爽やかさに、僕は僕自身の当時進行形で報われていなかった青春を、地獄とすら形容したくなるような青春を、彼らの音楽で取り戻せる気がした。彼らの音楽を聴きながら見る17歳の夏の青空は、いつもよりも青かった。

風に乗りたくて 見上げてる俺を

連れてって 巻き込んで 今涼風ガール

「BREEEEZE GIRL」


Base Ball Bear - BREEEEZE GIRL

2014年、僕が大学に進学して1年が経った頃、Base Ball Bearはアルバム「二十九歳」をリリースした。そこに込められていたのは僕が小学生時代からずっと感じていた違和感の正体、そしてその違和感を打ち消すためのアンサーだった。

空き箱を開けて閉めて

何もないってわかってるけど

まだ知りたい 知りたいよ

「二十九歳」の1曲目「何歳」の歌いだしだ。爽やかなベボベらしいギターサウンドに乗っかる歌詞は、夏でも、転校生でも、青春でもなく、「諦め」と「望み」という、相反する感情だった。その様は、青春時代を地獄のようだと諦めて、でも、それでも何処かに何かがあるんじゃないかと必死になっていた僕に似ていた。


Base Ball Bear 何才

アンビバレントダンサー」では相反する感情という矛盾した「普通」を歌い、「ファンファーレがきこえる」では「夢」と「現実」の「極端なモノ」の狭間でもがく青年を歌っていた。「Ghost Town」は現実に引き込また「みんな」とそこから逃げ出す「僕」を描いた。「そんなに好きじゃなかった」では1番で甘すぎるほど惚れ込む愛を描き、2番でその愛が一方通行であったことを知る男をコメディカルに描いた。どれもこれも「極端なモノの間」だ。改めて僕は「極端なモノの間」とはやはり「普通」であることを再認識する。

「The Cut feat.RHYMESTER」そして「ERAい人」では「"僕ら”」「"僕たち”」という単語を意図的に利用して「普通」という同調圧力を表している。曲の位置もこのアルバムのド真ん中=「普通」ということだろう。

ここでアルバムの雰囲気は一転し、「方舟」では、自分と自分以外の人たちを船に喩え、「僕以外が間違いなのか」「僕が間違いなのか」を気にし、「The End」では日常という名の戦いが終わることがないことを示唆する。「スクランブル」では自分が抱いているイメージで他人の「普通」を決めることの愚かさ、そして「相反する」事象が「表裏一体」であることを示す。

HighとLowと 現実と夢と

絶望と希望が 乱舞る

スクランブル」


Base Ball Bear - スクランブル

作品はいよいよ佳境に入る。「UNDER THE STAR LIGHT」と「PERFECT BLUE」は2曲で表裏一体となった歌だ。一見するとロックバンドらしい激しさを纏った「UNDER THE STAR LIGHT」、Base Ball Bearらしい夏ソングの「PERFECT BLUE」。だが良く歌詞を読めばこの2曲が地続きに繋がった世界観であることが分かる。「UNDER THE STAR LIGHT」では心中を図る男女を、「PERFECT BLUE」では一人だけ取り残された男の子を描いている。前述した通り、僕自身も「死」を選ぼうとしたことがある。誰も知らない、誰の目も声も届かないセカイへと踏み込もうとした。だからこそこの2曲は強く痛く心に刺さる。

「光蘚」で小出祐介は幾度となく「這いつくばって」と繰り返す。例えどん底に落ちきってしまって、床に這うほど惨めな思いをしたとしても、輝ける、光る事ができることを小出祐介は僕たちに訴えている。それは彼自身が学生時代にどん底の体験をしているからだろう。学年中から友達がいなくなり、沢山の嫌がらせを受け、いないことにされていたことを彼は各メディアで語っている。その小出が「這いつくばって輝くしかない」と歌っている。彼自身が今までずっと感じてきたドス黒い感情を、永遠に続くような虚無感を、報われたいと祈る気持ちを、全て純度100%のままで僕たちに音楽を通して語りかけてくれている。それだけで僕は救われた気分になった。誰かが創り出した「普通」なんて枠に囚われずに自分の丘の上に立てればそれでいいのだ。僕らしく輝くことができればそれでいいのだ。まるでこの曲がお呪い(おまじない)だったかのように、生まれて初めてそう思えるようになった。

いないことにされていた 僕の呪いが

君の傷を癒す お呪いになりますように

「魔王」


Base Ball Bear 魔王

そして最後の曲「カナリア」で、人生はまだまだ続くことを彼らは語りかけてくれる。

あっという間の日々は続く

カナリア


Base Ball Bear カナリア

「極端なモノの間」こそが「普通」なのに人は「普通」になりたがろうとする。両極端も、少しの偏りも、真ん中も。全てがあってこその「普通」。それにも関わらず皆が皆「普通」であろうとし、また他者にも「普通」を求めている=「普通」という名の同調圧力をかけられ続けられなければならない現状。それこそ僕がずっと抱いていた違和感の正体だった。そしてその違和感を打ち消すためには、「自分らしく輝く」こととBase Ball Bearは「二十九歳」を通して僕に語りかけてくれた。誰かを喰らってでも、自分らしく輝け。虚構じゃない、リアルな体験と祈りがあったからこそ彼らが発信できるメッセージだ。

「二十九歳」を聴く前、そして聴いた後で何かが劇的に変化したかと問われると、正直に言って答えはNoかもしれない。でもこのアルバムを聞いた時、何かが変わる気がしたし、僕にとってはそれこそが何よりの救いだった。これからも、幾度となくこの作品に、彼らの音楽に、救われたい。

書店員ふじもとが選ぶ個人的ベストコミック2016  

タイトルの通りです。2月も半ばで今さら2016年の振り返りをする時点でお察しではありますが、たまには音楽だけではなく漫画についても語ってみたいなと思います。

選考のルールとして、初巻(1巻)が2016年内に発行されたもののみ選びました。明確な順位があるわけではなく、出てくる順番は基本的に気分です。

 

①「星野、目をつぶって。」永椎 晃平 講談社

週刊少年マガジンで連載中のボーイ・ミーツ・ガール系群像劇学園ラブコメ。群れることで自分の居場所を確保する周りのクラスメイトを嫌い、それ故にどのグループにも属さずに、休み時間は寝たふりをし、クラスメイトの名前は覚えなかった主人公小早川は、ひょんなことから「住む世界が違う」と思っていたスクールカースト上位の星野海咲(みさき)のメイクを請け負うことになる。そこから彼の学園生活は思わぬ広がり方を見せることになって…?

学園ラブコメ、というのは王道中の王道ではあるし、「冴えない男」と「可愛い女の子」がくっつく、というのも正直ありふれた設定ではあるが、この「星つぶ」の魅力は「冴えない男」描写だと思う。どうしようもなく卑屈だし、根暗だし、日陰者。なんだけど明確な芯は1本通っていて、それを貫くためには泥を被ろうが、どんなに大勢が敵になろうが構わないという姿がそそられるのだ。特にこの描写が俊逸なのが2巻に収録されている第11話「世界をかえさせておくれよ」だ。いじめっ子に対抗する星野、それを見ていじめを見て見ぬふりしていた周りの群衆は途端に掌を裏返し、いじめっ子に対して缶やペットボトルを投げる。それを見た小早川はいじめっ子を庇い、自ら水を被る。

テメェら全員気持ち悪いんだよ どいつもこいつも横目で人の顔見ることしかしねぇクソ共だ!! 他人(ひと)の正しさに 間違いに 乗っかるんじゃねぇ 死ね!!!

「星野、目をつぶって。」第11話「世界をかえさせておくれよ」より引用

いつだって「学校」という社会では他人と合わせることが正義になり、人と合わせられない者は悪であり、“なにか”の標的にされてしまう。それが「学校」という社会の暗黙のルールだ。この作品のヒロインである星野も又、そんなルールに縛られて生きている。その暗黙のルールに明確なNoをつきつける小早川という主人公が僕にはとても魅力的に感じるのだ。

また、上記した11話のタイトルで気付いた方もいるかもしれないが、この作品の副題は邦楽作品から取られているものが数多く存在する。「世界をかえさせておくれよ」はサンボマスター、1巻4話はレキシの「キラキラ武士」、3巻第19話はグループ魂の「君にジュースを買ってあげる」などなど。こういった細かいお遊びも、作品を構築する要素として堪らない。

最新4巻が2月17日に発売されている。まだまだ4巻と浅いので是非手に取ってみてほしい。

星野、目をつぶって。(4) (週刊少年マガジンコミックス)
 

 

②「さよなら、ハイスクール」森もり子 秋田書店

主人公の朝倉はスクールカースト最下層。日々の教室での生活に限界を感じていた朝倉は、「スクールカースト上位である伊藤マユミと付き合う」ことでクラスのスクールカーストを破壊し、「イケてる奴ら」が支配するこの教室の秩序に混沌をもたらそうと画策する。一見無謀にも思えたこの計画がなんと成功、本当に教室の空気が徐々に軋み始めて…。

Twitterなどでその絵や漫画を見たことのある方も多いのではないだろうか。この作品の魅力はそれぞれの登場人物が明確な意思、意見を持っているところであり、又その意思や意見が表に出てくる瞬間の表現の仕方が独特なところだろう。

「童貞だから」って切り口で若さとか繊細さとかあるいは抑えきれない衝動とかを語るのは流石に古いなぁって... 正直私はままならない青春の痛みを「童貞であること」に集約させて象徴づけていく物語にうんざりしているんだよね… 10代が青春時代に抱えているものって性衝動だけじゃないでしょ? 朝倉くんのコンプレックスだってもっと別の所にありそうだしそれを「童貞」という記号で表すのは単純につまんないよ

「さよなら、ハイスクール」第6話「やめときましょうよ」より引用

これがメインキャラクターの伊藤マユミから、1コマのうちに発せられる。おい最早これキャラというより作者の気持ちじゃねぇか!とも思うのだが、この圧倒的な文章とその濃厚な文章が強烈なインパクトを与え、またこの作品の推進力にもなっている。

スクールカーストが徐々に壊れていく様は痛快そのもの。だが、スクールカースト上位に(結果的に)食い込んだ朝倉の葛藤も見ものだ。

 

先日、「さよなら、ハイスクール」公式Twitterアカウントがこんな呟きをしていた。

実に悲しいことだ。この作品、ネットで各話を先行公開してその後単行本化というスタイルを取っており、ネットでの閲覧数はかなり高いのだが、残念なことにセールスに結びついていない。閲覧数が高いということは作品の面白さは担保されているにも拘らずである。是非単行本を購入して読んでほしい。

さよなら、ハイスクール(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)

さよなら、ハイスクール(1)(ヤングチャンピオン・コミックス)

 

 

③「ガイコツ書店員本田さん」本田 KADOKAWAメディアファクトリー

書店で戦う本田さんの奮闘エッセイ的漫画。日本語が通じない海外の方とのコミュニケーション、接客研修、コミックフェア、取次との争い… とある書店のコミック売り場で繰り広げられる日々の奮闘をコミカルに描く。

書店員マンガである。テーマがニッチ過ぎるのだが、一端の書店員としてこれを読まない分けにはいかないと読んでみたらこれがまあ面白いのなんの。というかこれが書店員の日常だと思ってくれて構わないと思う。僕はアルバイト風情なのでここまで苦労することはないし、そうでなくてもおそらくこの漫画の舞台の本屋と僕が働く本屋は規模が全く違うのだが、それでも共感の連続だ。とはいえ、書店員じゃない9割方の人はなかなか共感できない作品なのは間違いない。だけど、少しでも本屋が好きな人、本(特にマンガ)が好きな人、職場系エッセイが好きな人には自信をもっておススメしたい作品。特におススメの話は2巻第10話「気になるエロの話」。副題でお察しください。

ガイコツ書店員 本田さん 2 (ジーンピクシブシリーズ)

ガイコツ書店員 本田さん 2 (ジーンピクシブシリーズ)

 

 

④「肉女のススメ」小鳩ねねこ 少年画報社

「肉さえあればいいじゃないか。」立場も趣向も性格も全く持って噛み合わない、けれど唯一共通するのは「不器用OL」。そんな三者三様の3人がそれぞれ泣いて・怒って・悦んで…。とにかく肉を食べまくる!そんな肉女達のミート・コミック。

2016年のコミック的流行はグルメマンガだったように思う。昔こそ「クッキング・パパ」や「美味しんぼ」など、グルメマンガといえばある程度大人の男性が読むもので、そういう層に届くような作られ方をされていた。しかし2010年代に入って、「孤独のグルメ」が爆発的なヒットを見せたことによって、様々なグルメマンガ作品が作られた。この「肉女のススメ」もまた、そういった過程で生まれたものだろう。女性三人が主人公だが、「萌え」といった要素は全く感じさせない。3人ともどこか残念なオーラが漂っている。なにより肉をガツガツと食べる女性は「残念女子」「不器用OL」そのものなのだが、それが堪らない。「肉料理」と一口に言ってもその種類は多岐に及ぶ。ハンバーグにカツカレー、から揚げにキーマカレー。実に多様な肉料理が作品中に登場する。そのすべてを彼女たちが食すことで魅力的になるのだ。おススメの話は1巻第2話「吼える深夜のカツカレー」。カツ×カレー×深夜という魔の組み合わせ。美味いもんは美味いんだ。

 

⑤「味噌汁でカンパイ!」笹乃さい 小学館

「誰かに作ってもらう朝ごはんはね、おなかだけじゃなく心も満たすのよ。」___

父子家庭で育った中学生の善一郎の朝ごはんはいつもコンビニのおにぎりとインスタント味噌汁。見かねた幼馴染の八重が毎朝朝ごはんを作ってくれることに。読むだけでホッコリするハートフル味噌汁漫画。

こちらもグルメマンガ。とりわけ「味噌汁」とかなり的を絞ったグルメマンガ。「味噌汁だけで漫画が描けるのかよ」なんてお思いのあなた。味噌汁の道は実に深いのだ。味噌の種類、具材、変わり種味噌汁…。かくいう僕もこんなに味噌汁の道は深いのかとこの漫画を読んで感心したクチだ。加えて善と八重の関係の移ろいも見所だ。中学生だからこその温かい恋愛模様。味噌汁と合わせてほっこりすること間違いなしだ。おススメの話は2巻第7話「水もしたたる…?」。日本ならではの恵まれた水環境だからこそ、味噌汁という食文化が根付いたと考えるとこの話の味わいも深くなる。

味噌汁でカンパイ!(3) (ゲッサン少年サンデーコミックス)
 

 

⑥「木崎少年のほろにが喫茶巡礼」佐東武之 新潮社

「渋い大人」に憧れる木崎少年は喫茶店巡りを趣味にしている。大人と子供の狭間で生きる高校生の木崎少年は果たして「喫茶の流儀」を極めて「渋い大人」になれるのか!?

最後のグルメマンガ。実在する喫茶店が出てくるのだが、その喫茶店がどれも個性的。メガネカフェにフルーツパーラー、カップを自分で選ぶことができる喫茶店などなど、その守備範囲は多岐に及ぶ。カフェ自体の個性もさながら、出てくる飲み物や食べ物も個性的。キッシュにハンバーグサンド、バナナジュースにグランブルケーキ。そのどれも美味しそうに食べる木崎君がまたかわいらしい。高校生という大人と子供の狭間で、周りのお客さんや同級生、自我にあたふたしている「大人になりたい子供感」がたまらなく、愛おしさすら感じてしまう。おススメの話は1巻第5話「フルーツパーラーフクナガ」。頑固そうな親父が見せる満面の笑みにキュン。

木崎少年のほろにが喫茶巡礼 1 (BUNCH COMICS)

木崎少年のほろにが喫茶巡礼 1 (BUNCH COMICS)

 

 

⑦「あかいろ交差点」ひのなつ海 一迅社

入学式での出会い以来、主人公の蒔田恵太は大原たまきに拒絶され避けられ続ける毎日。2年生で同じクラスになったことをきっかけに意を決し恵太はたまきに理由を問いただす。するとたまきは「私と蒔田君は赤い糸で繋がっている」とまさかの告白を果たし…?赤い糸で結ばれた二人の青春ラブコメグラフィティ。

「赤い糸で結ばれている」というのは恋愛を題材にした作品の王道的なパターンで、その「赤い糸」は精神的なモノとしての「赤い糸」だったのだけど、この作品の面白いところは「まるで実在する糸のよう」な「赤い糸」として描いているのだ。勿論、「本当の糸」ならばそれはギャグ話になってしまうけど、「精神的なもののはずなのにまるで実在するかのように引っ張られ、絡まる」といった描き方をしているのがこのストーリーの斬新さと魅力につながっているだろう。所謂最近の草食系男子な蒔田とサバサバ系女子のたまきという組み合わせもベタながらベタならではの面白みがある。単行本は少しお高めだが、その分装丁がめちゃくちゃ凝っていて、ジャケ買いって感じで買ってしまった。装丁一発でも買いたくなる作品。おススメの話は1巻第4話「何気ない言葉」。いがみ合っていた2人が友達になる瞬間はほっこりする。

あかいろ交差点 (1)

あかいろ交差点 (1)

 

 

⑧「ブスに花束を」作楽ロク 角川書店

「自分はモブだ」と自虐的なブス・田端花はひょんなことからリア充・上野陽介や五反田鉄男、鶯谷すみれ、高校デビューの新橋と仲良くなりだして…ハートフルな自虐系喪女コメディ。

自虐的な田端と対照的なめっっっっっっちゃくちゃいい奴の上野の対比が面白い。どれだけ自虐的なんだよ!そんでどんだけいい奴なんだよ!!と逐一ツッコミながら読んでしまう。結構キツメのタイトルだけど、コメディとして、そしてちょっぴりのハートフル作品として優秀。闇深い系マンガ好きの僕には一服の清涼剤のような作品。おススメの話は1巻第5話「年に一度の主役日」。両親といるときに学校の友達と会ってしまったあの気恥ずかしい感じとかそれが却って痛々しくなっちゃうあの感じとかがスゴク上手く表現されていて爆笑してしまう。

ブスに花束を。 (1) (角川コミックス・エース)

ブスに花束を。 (1) (角川コミックス・エース)

 

 

⑨「ごくりっ」前原タケル 小学館

幼馴染のりこに片思いする高校生の拓。けれどりこには海外に彼氏がいて、叶わない恋を続けている。そんな中拓は「りこに俺のほうをむいてほしい」と恋愛成就の神にお願いする。するとりこには悪魔(?)がとり憑き、「拓の"アレ"を飲ませないとりこは死ぬ」と言い出して…。青春×エロティシズム・ラブストーリー。

やはりこの作品は設定の凄みに尽きる。どういう生活していたらこんな発想ができるのかがとても気になる。「飲まないと死ぬ」という極限状態、「飲む」過程でどんどん深くなる2人の関係、海外から帰国する彼氏。2人の関係はどんどんと泥沼に入り込んでいくのだけれど、それがどうにもこうにも面白いのだ。そして最後の自らのエゴを乗り越える拓のカッコよさったらない。おススメの話は1巻収録「第5話」極限状態の最たるものではないだろうか。全2巻完結というサッパリさも素敵!

ごくりっ(2) (ビッグコミックス)

ごくりっ(2) (ビッグコミックス)

 

 

⑩「私の少年高野ひと深 双葉社

スポーツメーカーに勤める30歳、多和田聡子は夜の公園で12歳の美しい少年、早見真修と出会う。それぞれが抱える孤独に触れた二人の距離はやがて徐々に近づく__________

 

今回の記事は敢えて具体的な順位はつけていないが、この漫画がナンバーワンなのは間違いがない。それくらい引き込まれた作品だ。僕自身、いわゆる「禁断の恋」がテーマの作品がすごく好きだ。サザンオールスターズ「LOVE AFFAIR~秘密のデート~」、小林明子「恋に落ちて-Fall In Love-」、初めての漫画体験も「小早川伸樹の恋」という不倫モノだった。「私の少年」は30歳と12歳という禁断の恋。何故僕がこんな「禁断の恋」がテーマの作品が好きなのか。それはきっと「失うものがあってもなお、相手のことを愛してしまう本気さ」を感じるからだ。妻がいる、娘がいる、家庭がある。それらを全て失っても一人の女性を愛してしまう「本気」。勤めている企業がある、信頼している同僚がいる。それでもなお12歳の男児に惹かれてしまう「本気」。高校生の恋愛なんか失うものなんか何もない。だからこその面白さがあるのもまた事実だが、少なくとも僕は「失うものがあってもなお惹かれてしまう恋」の「いびつな、でも美しい恋路」が好きだ。

12歳と30歳ならではのカルチャーショックや、家庭に蔓延する歪な空気、元カレ上司との関係性。そのどれもが結果として聡子と真修の関係をより強くしている。恋愛とはそういうものではないだろうか。自分の今居る環境における唯一の救いとなるのが「恋」だったりする。相手が幸せになってほしいと願うことが結果として自分の救いになるのが「愛」だったりする。

でも 俺ずっと 練習続けてたの あいたかったからです 聡子さんと

私の少年」第9話「嘘」より引用

このセリフが真修から出て、聡子が真修を抱きしめたところで最新刊は終わっている。こんなに続きが楽しみになる幕引きがあるだろうか。この2人の関係は一体どうなっていくのか。是非このドキドキと作品に流れるゾクゾクするような「禁断の恋」ならではの緊張感を感じてほしい。

私の少年 : 2 (アクションコミックス)
 

 

如何でしたでしょうか。2016年はグルメマンガがやはり強かったなというのが感想です。2017年に入って既にめちゃくちゃ推したいコミックスも発売されてきているので、また次回「ベストコミック2017」の記事でお会いしましょう。この記事を読んでいただいたあなたが書店に、本屋に足を運んでくだされば、それはもうこの上ない喜びです。

「やんごとなき世界」打首獄門同好会 ~変化する音、回り続ける生活~

 打首獄門同好会は一貫して「生活密着型ラウドロック」という独自の音楽を鳴らし続けてきたバンドである。代表曲「日本の米は世界一」では日本人の米への愛を、「フローネル」では睡眠と風呂への愛を、「88」では四国八十八か所巡りを通して「水曜どうでしょう」への愛を歌ってきたバンドである。立ち止まることなく過ぎ続ける日々という名の生活、そしてその生活に否応なく根付く愛を、ラウドロックというハードロックでもヘヴィメタルでもない日本ならではのサウンドに乗せる。それこそが彼らの提唱する「生活密着型ラウドロック」である。

2016年の彼らはまさに「旬」とばかりに、今までにはなかった活動を展開してきた。2月には史上最高のキャパシティであるZepp Tokyoでのワンマンライブを開催。8月にはROCK IN JAPAN FESTIVALに堂々の初出場。彼らの2016年には何事にも「初」が目白押しだった。そんな2016年を経て2017年1月、最新作「やんごとなき世界」をリリースした。打首獄門同好会の2016年が活動における「初」尽くしだとすれば、今作はサウンド面において様々な「初」が詰め込まれている、いわば意欲作だろう。

例えば、1曲目の「やんごとなき世界」。「ラウドロックバンド」のアルバムの1曲目には相応しくないようなサンバのリズム。52秒と絞り込まれた演奏時間。今までの彼らの作品には無かった切り込み方だ。ここからもう彼らの今作に対するスタンスを感じることができるだろう。「今までとは違った作品になる」。そんな予感をヒシヒシと感じさせる1曲目だ。

3曲目の「歯痛くて feat.Dr.COYASS」はゲストボーカルに、Vo,大澤会長の実際の歯の治療を担当する歯医者のDr.COYASSを迎え、打首初のラップが織り交ざった1曲になっている。そしてここで歌われるのは「生活から生まれる愛」なんてものではない。「生活から生まれるヘイト」だ。歯の痛みへのヘイト、そして「歯を治療したい」という確かな願い。これも今までの打首楽曲には無かった新しい視点だろう。

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5曲目の「Natto Never Dies(String Edition)」は、元々16年8月にリリースされていた「島国DNA」のカップリング曲としてすでにリリースされていた「Natto Never Dies」にこちらも打首初となるストリングスを導入した「ストリングスエディション」として改められた1曲だ。

この3曲が今回特に彼らが「変化した」部分だろう。ラウドロックに囚われず、様々なアレンジ、様々な要素を盛り込むことで、今までにはなかった新しい作品作りに積極的にトライし、またそれが成功している。これこそ「やんごとなき世界」が名盤たる所以だろう。

勿論、「今までの打首」らしい楽曲も健在だ。「きのこたけのこ戦争」は、現代に生きる日本人なら誰もが一度は通る道である「きのこの山派?たけのこの里派?」という質問、それが結果として国内紛争のような体さえも見せている「きのこたけのこ論争」をここまでポップに、ここまで愚直なほど真っすぐに歌い、なおかつサウンドは打首史上でも1,2を争うヘビー具合。これこそまさに「王道打首路線」だろう。

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アルバム最後には「1/6の夢旅人2002」が収録されている。これは彼らが大ファンを自称する人気深夜番組「水曜どうでしょう」の主題歌ともいえる1曲で、原曲は樋口了一のものである。カバーというもの初の試みである。どストレートにまじめな曲、というのも彼ら史上初かもしれない。

そんな風に そんな風に 僕は生きたいんだ 生きていきたいんだ

1/6の夢旅人2002」打首獄門同好会 

ラウドロックというフォーマットに嵌らない楽曲を歌い続けてきた彼らが最後に「これが僕たちのスタンスだ」と樋口了一の言葉を借りて歌っているようにも聞こえる。そんな彼らのカバーにどこまでも泣けてしまう。

 

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今までになかった数々の試みに驚き、ドキドキしてしまう。そんな「やんごとなき世界」に貴方も是非足を踏み入れてほしい。

やんごとなき世界

やんごとなき世界

 

 

キングコング西野さんの「絵本無料公開」は日本中の書店を潰す

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 キングコング西野さん。お笑い芸人という肩書を捨てて、今は絵本作家として働きつつも色々な活動で人々を驚かせ続けてる「スーパー作家さん」です。

えんとつ町のプペル

えんとつ町のプペル

 

彼の描いた「えんとつ町のプペル」は23万部の大ヒット。絵本でこの売上は相当のヒットです。間違いなく近年でも「大ヒット」の部類に入るような作品です。私はとある地方にあるそれなりに大きな書店で働いています。私の働く店にも「えんとつ町のプペル」は沢山入荷しました。平積みにしてレジの前に置いておく程度には、沢山売れると期待して入荷しているのでしょう。

彼の公式ブログにこんな記事が載りました。要は「無料で絵本を公開します」という話。少なくとも僕は、という前置きをしますが、相当違和感の感じる記事でした。

「お金が無い人には見せませーん」ってナンダ?糞ダセー。

……いや、モノによっては、そういうモノがあってもいいのかもしれません(←ここ大事!ニュースになると切り取られる部分ね)。

しかし、はたして全てのモノが『お金』を介さないといけないのでしょうか?

キングコング西野 オフィシャルダイアリー 「魔法のコンパス」内記事 「お金の奴隷解放宣言」より引用

ココの部分に僕は強烈な気持ち悪さを感じました。

ネットがより発達し、芸術作品に対して「お金を払わない」人が増えています。音楽は無料で聴ける違法ダウンロードアプリを使い、映画は違法ダウンロード。勿論、違法のものばかりではなく、正規の手順で無料化されている物も数多くあります。LINE MUSICやAWASpotify辺りのサブスクリプション音楽配信サービスの一部サービスはまさにその典型です。そんな中で、「芸術にも人がいる、お金がかかる。芸術にも相応な対価を払わないといけないんだよ」という事を子供に教える事こそ大人が今するべきことなはずなんです。「絵本」、ひいては「本」は間違いなく「お金を払わないと読めないモノであるべき」はずなんです。何故ならそこにはクリエイターの努力や沢山の人の苦労があって初めて1冊の本が売れるから。

ただ、もしかしたら、『本』は…もっと言うと『絵本』は、「お金を払って買いたい人は本を買って、無料で読みたい人はネットで無料で読めるモノ」になれるかも、と思いました。

キングコング西野 オフィシャルダイアリー内記事「『えんとつ町のプペル』を無料公開したらAmazonランキングが1位になった。」より引用

ここの価値観が僕と西野さんは相交われない部分なのかなと思いました。今の若者が「音楽は無料で聴けるもの」と勘違いしているように、西野さんのしたような事が繰り返されれば、若い人たちにとって「本は無料で読めるモノ」になってしまいます。

なにより僕が今回1番気にしているのは「小売店」です。

「情報としての絵本のお金はもう要らないよ」ということ。
子供の教育のことを考えてもね、
その方が、本屋さんに足を運ぶ子供が増えるのよ。
その方が、キチンと値段が付いている本に触れ、物の価値を理解する機会が増えるのよ。

キングコング西野 オフィシャルダイアリー内記事「声優・明坂聡美の危うさ」より引用

今回、絵本の情報を無料公開したことによって、Amazon楽天の書籍総合ランキングが1位になり、本屋さんでもたくさん買っていただいたそうだ。

キングコング西野 オフィシャルダイアリー内記事「声優・明坂聡美の危うさ」より引用

本屋さんに足を運ぶ子供が増える、としながらも今一番本屋の敵であるamazon楽天の書籍総合ランキングで1位。本屋さんの記述だけ曖昧なのは書店での販売数のデータが計りにくい、というだけのことなのでしょうか。

僕を含めた書店員が今一番お客様にして欲しいことは「本屋に足を運んでいただく」事です。実際の本を見て、中身をチェックして貰い、その上で店舗で本を買っていただくのが1番嬉しいことであると思ってます。「最近西野の本が流行ってるらしいから本屋に行って中身見てみよう」と書店に来ていただけることに期待して「えんとつ町のプペル」を入荷した書店さんも多いのではないかと思ってます。西野さんの行った「無料公開」は「書店から客の足を遠ざける」事以外の何物でもありません。

絵本は安くありません。
なので、『絵本を買う』となると、絶対にハズすわけにはいかないので、まずは本屋さんで(若干、店主の目を気にしながら)最後まで立ち読みすることが少なくありません。

キングコング西野 オフィシャルダイアリー内記事「絵本とフリーミアムの相性」より引用

どうぞ立ち読みしてください。先のツイートにも書きましたが、立ち読みして頂いて買われる本を決めていただくことに対して僕達はなんの抵抗もありません。本の折れやシワを防止するために絵本にビニールを掛けている店舗も多いですが、お申し付け頂ければスグに外します。

小さな子を持つお母様方にお金や時間が無い、というのはよく分かりますが、そことネットで無料公開をする、という部分が僕は繋がりません。ネットで立ち読みするのと実本を立ち読みする時にかかるお金や時間に差はあるのでしょうか。西野さんの仰る「ネットで立ち読みしてもらって書店で本を購入してもらう」のならば「本屋に行って本屋で立ち読みしてその場で本を購入してもらう」のと結局かかる時間は同じです。「買うか・買わないか?」のステージには本来皆立っている筈では?

部分的に無料化した方がお金が回る場合があります。
部分的に無料化した方がクリエイターが救われる場合があります。

キングコング西野 オフィシャルダイアリー内記事「絵本とフリーミアムの相性」より引用

「部分的に」という表現をされていますが、僕はむしろ「瞬間的に」の間違いだと思います。この一瞬お金が回っても、その先々を見た時にこの無料公開が引き起こすのは「負」が強いのではないかと考えます。クリエイターさんの方がよほど「市場の崩壊」に備えたお金の価値や流れの変化を見極めています。ただただ西野さんは「市場の崩壊」への歩みを早めただけでなく、「その先にある市場」への道までぶち壊しているのではないかと。

 

僕は書店が好きです。自分の目当ての作品だけでなく、書店だからこそ出会える本があるからです。今、僕が所有する本の半分以上は目当てで購入した訳ではなく、書店でふと気になったから買ったものが多いです。遅かれ早かれ書店という文化は廃れて行きます。僕自身、その恐怖を肌で感じています。それでも、クリエイターの方や問屋さん、小売店は必死に本屋という文化を存続させようと必死に考えてます。今回、絵本が大ヒットしたのは本当に書店にとっても嬉しいことだったと思います。だからこそ、「本屋」という存在を(考えている風に見せかけて)おざなりにした西野さんの行動が残念でなりません。本屋に足を運んで貰う機会を奪った西野さんの行動が残念でなりません。

 

引用サイト

とある大学生が青春系映像作品を作ったから見てほしいって話

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僕はメディア系の学部を専攻していて、とりわけ映像について学ぶ機会がこの一年は沢山ありました。今回はその集大成ということで、2か月ほどかけて撮影と編集をしました。

愛知県にある蒲郡という街が舞台。一人の男の子の青春時代を通して、「それぞれの青春の形」があることの素晴らしさ、「青春」という季節が持つ瞬間性、なにより「青春時代を悔いなく過ごしてほしい」という願いを表現しました。1分半という短い作品ですが、よかったら見てください。そして感想が聞けたらこんなに素敵なことはありません。こちらのTwitterアカウントまで是非どうぞ。

twitter.com

ちなみに主演は僕自身ではありません。僕は主にディレクターとして動きました。

あ、あとBase Ball Bearの数多のPVやその他にも僕の好きなカルチャーから色々アイディアやネタを持ってきてるのでそれを見つけるのも面白い...かも。

大雪とココアと栞のテーマ

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 Twitterだったり、ブログでも何度か書いた話にはなるのですが、折角の機会なので改めてキチンと書き留めておきたくて講義中にコソコソ書いています。ちょっとした思い出話です。青春時代の青春時代らしい良い思い出が少ない僕にとって、唯一と言っていいくらい甘酸っぱい思い出の話です。よければお付き合い下さい。

この前、日本列島を大寒波が襲いました。センター試験に直撃した事もあり、大変な思いをされた方も多いのかな~と思ってます。僕の住む街に雪は滅多に降りません。同じ県内の大都市は割とよく降りますが、僕の住む街は海沿いで西風がめちゃくちゃに吹くのですが、比較的南側に位置してる事もあって温暖な気候です。2~3年に1度降ればいい所で、その度に街中大混乱って感じです。それこそ、この前の大寒波の時は2、3年振りの雪でした。InstagramTwitterには中学や高校の同級生が雪の写真を挙ってUpしてました。僕も例外ではなく、上に載せた写真はバイト終わりにパシャリと1枚撮ったものです。その日のバイトはお客さんも来ず、バイトも雪が原因で出勤不能となり早じまいしてしまう始末でした。この街にとって雪はそれ位特別な、貴重なものです。

雪が降る度にに思い出すのがサザンオールスターズの「栞のテーマ」という曲です。サザン、と聞くと夏のイメージがあるし、別に「栞のテーマ」も冬の曲という訳ではありません。桑田佳祐は冬の曲も何曲も書いてます。でも、僕はやはり「栞のテーマ」を思い出してしまうのです。

それは僕が高校1年生の冬、2011年の1月の事だったと思います。東日本大震災が起きる前で、やっと高校にも慣れて、毎日馬鹿話を友達としつつも、部活に精を出してた頃だと思います。

日曜日の夜、今回の寒波と同じか、それ以上の大雪が降りました。路面は完全に凍ってましたので、いつもだったら自転車通学をしていた僕も、翌日はバスで学校に向かうことにしてその日は寝ました。翌日朝になっても雪は止まず、雪に慣れてない我が街は大混乱に陥っていました。とりわけ、僕の家の側を走る、街の一番の大動脈である国道は完全に車が止まってしまってました。どうやら事故があったようで、それ故にバスも完全にストップ。定刻から30分ほど遅れてバスが最寄りのバス停にやって来ました。

僕の高校へバスで行くには、まず駅にあるバスターミナルまで向かい、そこで乗り換えをしなければ行けませんでした。やっとの思いでバスターミナルに着いたと思ったら、見たことも無いような長蛇の列。僕の通う高校は市内の総合病院がすぐ側にあり、どうやら病院へ向かう患者さんや病院スタッフ、ウチの高校の学生や教師が全員足止めを喰らってる状態でした。バスも1つ遅れたことにより他も連鎖的に遅れているようで、全く来る気配もありませんでした。

 「こりゃあ遅刻どころか1時間目の授業すら間に合わないだろう」と覚悟した時、ふと後ろを見ると当時気になっていたクラスメイトの女の子がいました。

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その子は「おやすみプンプン」という漫画に出てくる中学時代の「愛子ちゃん」に似てて(あそこまで闇深い感じじゃないけど)少しの陰がありながらも愛嬌のある女の子でした。気になっている、とは書きましたが、特段2人でデートしたことも、2人きりで喋った事もなく、授業中にふと会話をする程度でした。だからこそ、この「2人きりで学校に遅刻していく」というシチュエーションが何かとても、漠然とした「特別」でした。

2人で色んな話をしたと思います。スカートだと女の子は寒さが大変だよね、男はズボンの下にスウェットとか履けるからズルイ、担任がいつも口の周りに唾の泡が着いててめちゃくちゃ気持ち悪い、クラスメイトがどうだこうだ。5年も前の事だから全然思い出せないけど、他愛も無い話を、授業中には出来ない話を沢山しました。

彼女がどうしても寒いから、ということで何か飲み物を買って来てくれることになりました。「何飲む?」と聞かれたので「ココアがいいな」と答えると「可愛いねw」と。ホントなら男の俺が買いに行くべきだったよなぁと今頃になって後悔してたりもします。

そうこうしてるうちにバスがやって来ました。やっとクソ寒いバスターミナルから抜け出して暖房の効いた教室に行けるんだ、と嬉しくなった反面、「あと30分もしたらこれも終わりかー」なんて寂しくもなって。バスの中でも他愛も無い話をしました。音楽の話になって、彼女はELLEGARDENなんかを聞くよ、と言われて当時の僕はあまりピンと来ませんでした。「ふじもとくんは?」と聞かれ、バカ正直に「サザンが好きなんだよね」と答えました。サザンなんか古臭いといつも周りの友達には言われてたので、そういうリアクションされたらヘコむなぁ、なんて思ってたら

「サザン!いいよね。栞のテーマとか好きだよ~」

と。続けて彼女は栞のテーマのワンフレーズを口ずさみながらハニカみました。

彼女が髪を指で 分けただけ

それがシビレるしぐさ

栞のテーマサザンオールスターズ

今でもこの曲を聞く度に、あの日初めて見たこの街の雪景色を、彼女が口ずさんだ「栞のテーマ」を、あの日飲んだココアの味を、ドキドキしたあの瞬間を思い出してしまうのです。

 

その後、実はその女の子はその当時からクラス1のヤンチャ男と付き合ってて、彼氏が謹慎喰らってるのに彼氏の家行っちゃって、そこにたまたま運悪く高校の教師が来ちゃったりしてまあまあ修羅場になったらしいとか、僕は僕でそのヤンチャ男の家で開催されたクラス会に出席して、みんなで「酔っちゃうやつ」飲んじゃって、クラスでも2番目か3番目にヤンチャしてる奴に騙されて(というか俺が無知なだけだったけど)その女の子の胸用のパッドを勝手に持ち出した冤罪に掛けられたりしたのはまた別の話。