「やんごとなき世界」打首獄門同好会 ~変化する音、回り続ける生活~
打首獄門同好会は一貫して「生活密着型ラウドロック」という独自の音楽を鳴らし続けてきたバンドである。代表曲「日本の米は世界一」では日本人の米への愛を、「フローネル」では睡眠と風呂への愛を、「88」では四国八十八か所巡りを通して「水曜どうでしょう」への愛を歌ってきたバンドである。立ち止まることなく過ぎ続ける日々という名の生活、そしてその生活に否応なく根付く愛を、ラウドロックというハードロックでもヘヴィメタルでもない日本ならではのサウンドに乗せる。それこそが彼らの提唱する「生活密着型ラウドロック」である。
2016年の彼らはまさに「旬」とばかりに、今までにはなかった活動を展開してきた。2月には史上最高のキャパシティであるZepp Tokyoでのワンマンライブを開催。8月にはROCK IN JAPAN FESTIVALに堂々の初出場。彼らの2016年には何事にも「初」が目白押しだった。そんな2016年を経て2017年1月、最新作「やんごとなき世界」をリリースした。打首獄門同好会の2016年が活動における「初」尽くしだとすれば、今作はサウンド面において様々な「初」が詰め込まれている、いわば意欲作だろう。
例えば、1曲目の「やんごとなき世界」。「ラウドロックバンド」のアルバムの1曲目には相応しくないようなサンバのリズム。52秒と絞り込まれた演奏時間。今までの彼らの作品には無かった切り込み方だ。ここからもう彼らの今作に対するスタンスを感じることができるだろう。「今までとは違った作品になる」。そんな予感をヒシヒシと感じさせる1曲目だ。
3曲目の「歯痛くて feat.Dr.COYASS」はゲストボーカルに、Vo,大澤会長の実際の歯の治療を担当する歯医者のDr.COYASSを迎え、打首初のラップが織り交ざった1曲になっている。そしてここで歌われるのは「生活から生まれる愛」なんてものではない。「生活から生まれるヘイト」だ。歯の痛みへのヘイト、そして「歯を治療したい」という確かな願い。これも今までの打首楽曲には無かった新しい視点だろう。
5曲目の「Natto Never Dies(String Edition)」は、元々16年8月にリリースされていた「島国DNA」のカップリング曲としてすでにリリースされていた「Natto Never Dies」にこちらも打首初となるストリングスを導入した「ストリングスエディション」として改められた1曲だ。
この3曲が今回特に彼らが「変化した」部分だろう。ラウドロックに囚われず、様々なアレンジ、様々な要素を盛り込むことで、今までにはなかった新しい作品作りに積極的にトライし、またそれが成功している。これこそ「やんごとなき世界」が名盤たる所以だろう。
勿論、「今までの打首」らしい楽曲も健在だ。「きのこたけのこ戦争」は、現代に生きる日本人なら誰もが一度は通る道である「きのこの山派?たけのこの里派?」という質問、それが結果として国内紛争のような体さえも見せている「きのこたけのこ論争」をここまでポップに、ここまで愚直なほど真っすぐに歌い、なおかつサウンドは打首史上でも1,2を争うヘビー具合。これこそまさに「王道打首路線」だろう。
アルバム最後には「1/6の夢旅人2002」が収録されている。これは彼らが大ファンを自称する人気深夜番組「水曜どうでしょう」の主題歌ともいえる1曲で、原曲は樋口了一のものである。カバーというもの初の試みである。どストレートにまじめな曲、というのも彼ら史上初かもしれない。
そんな風に そんな風に 僕は生きたいんだ 生きていきたいんだ
ラウドロックというフォーマットに嵌らない楽曲を歌い続けてきた彼らが最後に「これが僕たちのスタンスだ」と樋口了一の言葉を借りて歌っているようにも聞こえる。そんな彼らのカバーにどこまでも泣けてしまう。
今までになかった数々の試みに驚き、ドキドキしてしまう。そんな「やんごとなき世界」に貴方も是非足を踏み入れてほしい。