サザンオールスターズ「Young Love」。1996年7月20日、この年に初めて制定された海の日に合わせてこのアルバムはリリースされた。前作から4年と、当時としてはかなり空いてしまったアルバムのリリースということもあり、「原点回帰」をテーマとし、それまで蜜月の関係だった小林武史との共同制作に終止符を打ち、バンドサウンドを前面に押し出した作品となった。このアルバムの特筆すべき点として前述したような「バンドサウンド」や「原点回帰」、そして「青春時代への回顧」が挙げられるだろう。当時40歳を迎え、それと同時に徐々に若手ミュージシャンがヒットチャートを席巻しだした時代(1996年といえば、Mr.ChildrenやSpitzなどが圧倒的な人気を誇っていた頃だ)の中で桑田佳祐が「もう俺も若くないんだ」と思いながらも「でもまだまだ俺も若くありたい」と、相反する感情の中で作られた作品ということがこの「Young Love」というタイトルからも感じることが出来る。
①胸いっぱいの愛と情熱をあなたへ
アコースティックギターの
ストローク音からキーボードの「フワー」とした音が流れ込むイントロにはこのアルバムの始まりをワクワクとさせるような何かを感じさせる。
「絵になる姉御は何から何までHurricane」というAメロのまくし立てっぷりが癖になる。歌詞は男女の恋愛関係を真っ直ぐ歌い上げていて、爽やかさもあり、でもザワザワさせるような感覚もあり、それがまた魅力的。
②ドラマで始まる恋なのに
サザンらしいドラマチック正統派バラード。サザンのバラードソングの中でもかなりの出来、なはずなのに妙に桑田さんは嫌っているらしい。その証拠にその後発売されたバラードベスト「バラッド3」にも未収録だし、ライブでは1度も歌われていない。この曲をライブで聴ける日は果たして来るのだろうか。
失恋をまさに「ドラマチック」に描いた歌詞を、こちらもまた切なさのある
サクソフォンが織り交ざった
サウンドに乗せ、夏の終わりと共に訪れた失恋を軽やかに、しかし切なく歌い上げている。
「あの夏の恋が 思い出に変わる」。映画のキャッチコピーさながらのフレーズを切なげなメロディに乗せたサビに涙しか溢れない。
37thシングル。ドラマ番組とのタイアップもあり、ミリオンヒットを決めたこの曲はこのアルバムの目玉の一つでもあるだろう。歌詞も一見すると難解なフレーズのオンパレードだが、より語感を重視し結果こういった作風に仕上がったのは言うまでもない。「COME A COOL RAP」と書いて「鎌倉」と読ませたり、日本語や英語は勿論のこと
インドネシア語まで歌詞に取り入れていたり、ミリオンヒットを決めた作品ではあるが、内容はかなり攻め攻めの楽曲となっている。これがその後の「さくら」へと繋がった一つの要因なのかもしれない。
サウンドは怪しさ漂う「和」のテイストをフューチャーした、その後の「さくら」収録曲である「CRY 哀 CRY」や「PARADICE」といった曲たちの萌芽をやはり感じさせる出来となっている。
④Young Love(青春の終わりに)
タイトル曲。
THE BEATLESを彷彿とさせる軽快なバンド
サウンドに
「今10年経って 若すぎた日が妬ましい」「来た道を憂いちゃいないが...孤独な毎日が黄昏に消えていく」「2度と帰らない"Young Love" 青春の終わりに」といった青春時代、若かったあの頃への回顧を思わせる歌詞。上記したような、他の若手バンド(今となってはサザンと並ぶ大御所バンドだが)達のシーンへの大頭で「あぁ、もう自分は若手ではないのか」ということを痛感した
桑田佳祐の「若さへの嫉妬」を思わせる。
⑤Moon Light Lover
月夜の中で愛し合う男女をイメージさせるやさしいバラード。 サザンの曲にしては珍しくベース(らしき)音が目立っている。ここもまたこのアルバムのバンドらしさを感じさせる一つの要因なのかもしれない。「トゥ」や「ア〜」といったメンバーの高音のコーラスがよりこの曲の柔らかさを演出している。途中で挟まれるハーモニカもにくい程にいい味を出している。星屑がこぼれ落ちているような柔らかな月の光が照らす男女2人のシルエットを想像させる。
⑥汚れた台所(キッチン)
バンド
サウンドを前面に押し出した社会風刺ソング。
桑田佳祐が作り出した社会風刺ソングは数あれど、この曲は最高傑作なのではと思わされる。間奏のギターの「敢えてチープな音像」になってるギターソロが堪らなく好きだ。まさにこの世界と、それを動かしてる社会は
「日替わりの運命抱いて人は行く」を体現してるし、その厭な社会の中でどう生きていくべきなのかを考えさせてくれる。
桑田佳祐の社会風刺ソングにはそんな効果があるような気がする。
⑦あなただけを〜Summer Heartbreak〜
36thシングル。
福山雅治が主演した月9ドラマ「いつかまた逢える」の主題歌となったこの曲は、前述した
愛の言霊と同じようにミリオンヒットを記録。「サザン」×「ドラマタイアップ」のコラボレーションが最も功を奏していたのがこの「Young Love」期なのではないだろうか。まさに「世間がイメージするサザン」な1曲。歌詞もタイトル通り夏の終わりの失恋がテーマ。底抜けに明るいメロディやアレンジ、そして歌唱とは対照的な「切ない失恋」を歌詞に据えることで、より切なさを増幅させる。後の「LOVE AFFAIR」に繋がるような萌芽をここに見ることが出来る。
⑧恋の歌を唄いましょう
今作のハラボー枠。個人的に原さんが歌う曲の中でもベスト5に絶対入る曲だ。前曲「あなただけを」の流れを汲んでいるのか、こちらも底抜けに明るいメロディとアレンジに対して、切ない失恋を歌っている。
原由子版「あなただけを」とでも言うべきか。この楽曲を含め、恋愛モノの歌が多いのもこのアルバムの1つの特徴かもしれない。次作「さくら」や、前作(桑田ソロだが)「
孤独の太陽」のどちらと比べても、男女の恋愛を歌った曲が多いように思う。40代に差し掛かり 「もう恋愛なんて柄じゃねぇ」歳な彼らが敢えて積極的に恋愛ソングを歌う姿勢に、やはり「青春への回顧」を感じてしまう。
⑨マリワナ伯爵
「マリワナ」とは「
マリファナ」、つまり「
大麻」の意。なんだけど、それ以上の歌詞の解釈が難しい。「麻薬にハマったミュージシャンを歌った曲」とか、「
大麻を擬人化した歌詞」とか。色々調べても諸説あるみたい。語感で作ってる可能性もあるよなぁ。
桑田佳祐のみぞ知る、って感じなのかもしれない。何にせよ、こういった曲がその後の「さくら」に繋がっている。ダークでファンキー。桑田さんの歌唱も気だるげで掠れた声でより雰囲気が出てる。
⑩愛無き愛児~Before The Storm~
怪しさ満点のバラード?この曲のジャンルが分からん。。。
歌詞も「胎児を揶揄している」だったり「死刑囚」だったり、こちらも諸説あるみたい。ただ、僕としては「堕ろされる胎児」という説がシックリきた。所謂「
できちゃった婚」という言葉が本格的に流行しだしたのもこのアルバムの発売当時だ。勿論この曲は「
できちゃった婚」がテーマではない。が、子供が出来て結婚する、という選択をする人がいれば、「子供を堕ろす」、つまり「中絶」という選択をする人も多いにいるだろう。実際に当時の中絶件数の統計を検索してみたが、現代に比べたら確かに数としては多かった。そういう物への警鐘、と思ってこの曲を聞いたらより重くのしかかる感覚になる。
⑪恋のジャック・ナイフ
ノリのいい情熱的な
サウンド。イントロの左右に動く音が楽しい。歌詞も特に深い意味があるような感じではなく、語感とノリに委ねて曲作りしている感覚。
⑫Soul Bomber(21世紀の精神爆破魔)
精神を壊した男が酒やタバコ・クスリに溺れていく様を描いたロックナンバー。直近のライブツアー「おいしい葡萄の旅」でも披露された。
https://twitter.com/jjgmbpt/status/725671656404840448
松田弘の叩くドラムとギターリフが絡み合う様は圧巻。桑田の歌もまるで英語詞を歌ってるように聞こえてくる、「チャンポンロック」の様相。イントロの街の喧騒のようなBGMや、合間に挟まるSEがより歌詞の世界観をリアルにしている。
⑬太陽は罪な奴
街の喧騒を抜け出し、海へ。
38thシングル。そして今作の先行シングルでもある。底抜けに明るいバンドサウンドでありサザンの十八番であるポップス。前曲までのダークな雰囲気をこの曲1発ではじき飛ばすような感覚。まさに夏そのものな1曲。ここまでド王道サザンソングなのにイマイチヒットしなかったのは「先行シングル」だったからだろうか。
⑭心を込めて花束を
両親への感謝を歌うウエディングソングとしても人気の1曲。トロンボーンやフルート、ストリングスが絡み合う、比較的バンド色が強いこのアルバムの中でも異色な楽曲。僕もいつか結婚する時にはこの曲を流したいなと思う。
バンドサウンドがここまで強くフューチャーされているサザンのアルバムって、今思い返せば「NUDE MAN」以来なのではないだろうか。まだまだ精神的には大学生バンドの延長線上(勿論セールスや活動はそんな次元にいるようなバンドではなかったが)にいた頃だと思う。そういう意味でも「原点回帰」であり「青春時代への回顧」なアルバムだと思う。このアルバムでバンドポップ的なサウンドをやり尽くした彼らは、より深いロックバンドなサウンド=ハードロックを演じることになる。それが「さくら」に繋がるのではないだろうか。
【CDレビュー】サザンの本質は"多面性"である【さくら サザンオールスターズ】 - Hello,CULTURE
「さくら」と「Young Love」は兄弟のようなアルバムだと思う。バンドサウンドを中心に、ポップスに舵を取った「Young Love」、同じくバンドサウンドでもゴリッゴリのハードロックを展開した「さくら」。相反するアルバムのようだが、根底にある「バンド」感はどちらにも健在だ。そして「ポップス」「ハードロック」というテーマがありながらも、それとは相反する曲がお互い随所に配置されているのも共通点だろう。そういった部分に注目しながら作品を聞くのもなかなか面白いのではないだろうか。
今年は「Young Love」発売から20年だそうだ。当時の僕は2歳だった。サザンのサの字も知らなきゃ、音楽にも興味は無い。それどころかアンパンマンだって見れていたか怪しい歳だと思う。そんな僕や、僕より若い人たちがこのアルバムを聞いて、Twitterでああでもないこうでもないと意見を交わしあったりしている。それだけでこのアルバムの「名盤」っぷりは明らかなのではないだろうか。