「桑田佳祐 AAA 平成三十年度!第三回 ひとり紅白歌合戦」に見た日本歌謡の艶めきとこれからの「大衆歌手」の在り方とは?

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24歳の僕が今思い返すと、物心つく頃に街で流れていた音楽は既に所謂「J-POP」というモノだったように思う。当時は宇多田ヒカル浜崎あゆみが既に中堅と言われるような存在で、大塚愛とかORANGE RANGE倖田來未辺りが若手として出てきたような、そういう時期から僕は音楽を意識的に触れるようになった。当時はそもそも「J-POP」という言葉も知らず、ましてや「歌謡曲」なんてものは自分の中の括りで言えば「演歌」に近いものだった。

あれから10年以上が経ち、自分の生まれた時代の終わりが近付く平成30年12月2日。音楽にのめり込んで、その過程で「J-POP」も「邦楽ロック」も、そして「歌謡曲」も聞くようになった僕は、僕自身の音楽的源流である桑田佳祐のライブビューイングを見ていた。

「平成三十年度!第三回 ひとり紅白歌合戦」と銘打たれたライブは、桑田佳祐のルーツミュージック、つまりそれは僕の音楽遍歴の”源流の源流”ということだが、である「歌謡曲」という大きなテーマが掲げられていた。桑田佳祐は日本語ロックを世に知らしめたボーカリストだが、彼のロックが世に認められたのは彼のロックが「歌謡曲とロック」のちゃんぽんだったから、と言われている。歌謡曲無くして桑田佳祐は無かった。

そんな彼の出自ともいえるようなテーマが掲げられた今回のライブは、「歌謡曲」という音楽ジャンルが持つ魅力を存分に体感出来る、そんな4時間だった。

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「J-POP」と「歌謡曲」の最大の違いはその「艶」にあると僕は勝手に考えている。「歌謡曲」のクラシックと言えるような名曲の多くには、「色気」がある。今回演奏された曲でも、たとえば石川ひとみの「まちぶせ」、いしだあゆみの「あなたならどうする」、薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」どの曲も色気塗れだ。「色気」と書くと、「エロ」だとか「セクシー」だとかそういう方向に捉えられがちだが、そんな単純な話ではなく、身体の奥から沸々と湧いてくるような「色気」で。J-POPはアイドルにしても元気はつらつな、色気とは無縁の楽曲が多いように思う。そしてあの歌謡曲特有の「色気」があの夜の桑田佳祐には確かに乗り移っていた。彼自身はお茶目に各曲の原曲を歌う歌手を真似て曲終わりの挨拶をしていたが、特に歌謡曲を歌っている時の桑田さんはどうしようもなく「艶っぽい」。

あと「J-POP」に無くて「歌謡曲」にあるものとして「歌詞の具体性」があるなぁと今回のライブで改めて思わされた。山口百恵の「プレイバック Part.2」なんかはその最たるもので、状況があまりにも限定されていて歌詞というよりはもはやちょっとした小説の世界だ。一方で「J-POP」は「共感性」みたいなものを大切にする、故にどんな人にも刺さるようなシーンや言葉が歌詞に綴られることが多い。一見するとそういったJ-POP特有の「共感」みたいなものから対極の位置にいるにも関わらず、それでも最終的にどこか腑に落ちるような瞬間がある。それが歌謡曲なんだと今回の桑田佳祐の熱演を見て改めて実感した。

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ここまで歌謡曲J-POPを比較してきたが、当然それはどちらが良いという話ではない。それぞれの時代に合った楽曲が生まれるのは当然だし、時世にフィットした、時世を捉えた楽曲を作るのが「大衆歌手」であり「ポップシンガー」であると僕は信じて疑わない。

今回のライブの本編最後に、桑田佳祐はこんな言葉を残している。

僕自身、現代において「ヒット曲」そのものに価値はないと思っている。「みんなで歌える」ヒット曲は趣味・音楽ジャンルが細分化し、音楽の聴き方も変化した現代において必要のないものだろう。それぞれが好きなものを聴けばいい。それこそが「多様性」を認めることだろう。ただ、それじゃあ「大衆歌手」は困ってしまう。売れなきゃ食べていけないし、己の作った楽曲という名の魂の結晶が世に広く認められたいと願うことは当然の事だ。

やはり僕は、「ヒット曲」ではなく「名曲」を生み出すことこそが、今後の大衆歌手、ポップシンガーの在るべき姿なのでないかと思う。「ヒット曲」は産まれたその瞬間から「ヒット曲」なわけではない。「名曲」だからこそ「ヒット」する。こうして色んな曲に簡単にアクセスできるようになった現代、良くも悪くも聞き手の耳は肥えている。だからこそ、小手先ではない、上質な楽曲を創り出すことが最大のヒットへの近道だろう。今年ヒットした米津玄師もあいみょんも、聴いてる僕が思わず悔しくなるくらいの「名曲」を歌っていたし、だから彼らは「売れた」のだ。桑田佳祐の言う通りそれは「音楽を作り続けること」なのだ。

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その辺の歌手なら只のカラオケ企画になりかねない「ひとり紅白」という企画を、彼の歌唱の巧さと飽きさせない構成やアレンジ、40年で培ってきたエンターテイメント力を存分に発揮し、4時間ぶっ続けで魅せ続けるのだからやはり桑田佳祐という男は恐ろしい。10数年前は「歌謡曲」も「J-POP」も知らなければ興味もなかった僕が、こんなにも歌謡ショーで胸を熱くするとは、少なくとも音楽を能動的に聴き始めたあの頃は思いもしなかった。4時間で何度笑顔になり、涙しそうになったかわからない程だ。じっくりと歌謡曲を聞かせたと思っていたら、突然の大泉洋の出演に笑い、サザンメンバーの登場に歓喜し、SMAPの「世界に一つだけの花」を振り付きで歌う会場の人々を見て平成の音楽界に思いを馳せ、「YOUNG MAN(Y.M.C.A.)」からの「100万年の幸せ!!」でボロボロ泣いて、「Havana」で(がらくたツアーを彷彿とさせる)カオスで本編の幕を下ろす。歌謡曲の魅力と同時に、桑田佳祐という男が持つ、カッコよくて面白くてお茶目で憎めない魅力も存分に楽しむことができた4時間だった。

今回でAct Against AIDS、そしてこの「ひとり紅白」の舞台は幕を下ろすが、彼が教えてくれた歌謡曲の魅力、なにより音楽が持つ力を大切にしながら音楽と共に生きていきたい。