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雑記

カルチャーが好きなだけ。

サザンオールスターズ「TSUNAMI」は何故人々の琴線に触れたのか ~「過去への追想」と「緩急」、そして「ワビサビ」~

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サザンオールスターズTSUNAMI」。この曲のデータとか、記録とか、偉業とか、そういうものは他の媒体が嫌という程語っているだろうから敢えて僕が何か書くことはしないけど、とにかく歴史的な記録を打ち立てた楽曲なのは言うまでもない。「国民的」という冠が似合う、数少ない楽曲の1つだろう。

この曲がヒットした背景には、「大ヒット番組とのタイアップ」という極めて商業的な要素があることは事実だが、それにしても歴代1位の座を16年も譲らなかったのは、この曲ならではの持ち味があったからだろう。

TSUNAMI」にイントロはなく、桑田佳祐の歌いだしからそのまま曲に入る。

「風に戸惑う 弱気な僕 通りすがるあの日の幻影 本当は見た目以上 涙もろい過去がある」

この歌いだしが「TSUNAMI」のすべてを物語っていると言っても過言ではない。人は皆、過去に何かしらの想いを抱きながら日々を生きている。辛い過去、涙を流した過去、誰にも語れない過去。誰にだって一つや二つ抱えているモノだろう。この歌いだしはそんな過去を全てやさしく包み込んでしまう。「TSUNAMI」は殆ど全編通して「過去への追想」しかしていない。

「めぐり逢えた時から魔法が解けない」「思い出はいつの日も雨」

といったサビの歌詞はまさに「過去への追想」だろう。過去に対する執着は誰もが抱いてしまうモノだろう。「若さ」とか「時代そのもの」に憧れてしまう。それは悪いことではない。人間の普遍的な感情の1つと言ってもいいかもしれない。「いつだって今が最高だぜ!!」なんて生まれてから死ぬまで言っているような奴は流石にどうかしている。それにも関わらず、当時から(今でも)巷に溢れている曲は「未来に向かって~♪」みたいな曲ばかりだったりする。それが悪い、とかって話ではなくて、人間の極めて普遍的な感情のはずの「過去への執着」はJ-POPのテーマに実は向いていないのだ。それを極めて絶妙なラインでド王道J-POPバラードとして完成させたのがこの「TSUNAMI」なのだ。

曲の構成も、ピアノ先行でゆっくり静かに始まって、サビで爆発。これを2度繰り返した後にギターソロとストリングスが爆発、しばしの静寂のあと、最後の爆発を見せる。この「サウンドの緩急」もまた、この曲が人々の琴線に触れた一つの要因だろう。「静」と「動」の使い分けをすることで楽曲にメリハリが出来る。あからさま過ぎない。でも確かに感じることのできる「静」と「動」。

なによりこの曲の言葉のチョイスから感じる「ワビサビ」。日本人ならではの美意識、日本人ならではの感覚が言葉の隅々に宿っている。

「きっと世は情け」

「旅立ちを胸に」

まさに「ワビサビ」の籠った言葉たちだ。失恋ソングとしてだけではなく、遠い誰かを想う歌としても、普遍的な別れの切なさを表した歌としても機能出来る。「心細さ」や「引き合う心」のようなものを強く感じさせる歌詞だろう。聞き手によって思いを重ねる対象や情景、シチュエーションが変わるというのも、広く大衆にウケた要因であるように思う。

様々なことを書いてきたが、結局何が言いたいのかって、「TSUNAMI」、やっぱすげぇ歌だよなってことだ。サザンを好きになって以来、嫌になってしまいそうなほどこの曲は聞いているが、まったく飽きさせない。何度聞いても普遍的かつ壮大な感動が僕の胸に押し寄せる。20世紀の終わりに放たれたこの曲は、長い年月が経った今でもなお、日本人の心にやさしく語りかけてくる。
どうしても今の時世、「TSUNAMI」を語る時に触れないわけにはいかないのが「TSUNAMI」というタイトルについて、東日本大震災後の「TSUNAMI」と桑田佳祐に関する動向、その是非だろうが、そういうことを一度度外視してこの曲の持つ魅力を改めて見つめてほしいと思ってこの記事を執筆した。様々な事情があって、この曲をもう聞けない、という人がいたって僕はおかしくないと思う。けれど、この曲が持つ魅力は永遠に変わらないのは確かだ。

TSUNAMI

TSUNAMI

 

バラッド3 ~the album of LOVE~

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