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雑記

カルチャーが好きなだけ。

Base Ball Bearの本質は「ギターロック」と「普通」だ

 

 
Twitterの音楽垢のフォロワーさん界隈がすっかりBase Ball Bearで盛り上がってくれている。一ファンとしてはとてととても嬉しいのだ。正直身の回りに全然ベボベファンがいなかった。どんだけ頑張っても「あー名前は聞いたことある」「銀魂のOPやってたよね」「本田翼がPV出てるよね」「本田翼可愛いよね」「マジ本田翼嫁にしたいわ~」くらいのイメージしか持ってない人しか(少なくとも自分の周りには)いなかった。っていうかお前らどんだけ本田翼好きなんだよ。
 
Base Ball Bearは一貫してギターロックを自らの礎とし、ギターロックでどこまで出来るかに挑戦し続けている。
 
例えばこの「yoakemae」という楽曲。
 
打ち込みっぽいサウンドだなぁとお思いかもしれないが、打ち込みを一切使わずに、ギターの生音である。同じことがサカナクション山口一郎との共作「kimino-me」にも言える。
 
「この時代に何故そんなことを?」と思われるかもしれない。そりゃそうだ。打ち込みやブラス・ピアノを曲に入れ込めば音も派手になる。それだけでポップなサウンドになってリスナー受けも良くなるし、音楽の幅も広がるだろう。実際、打ち込みとロックサウンドを融合させて大ヒットを果たしたのはBase Ball Bearとも交流が深いサカナクションだ。セカオワやback numberはじめ、最近の邦楽ロック界でブラスセクションやそれ以外にも色々な楽器をを取り入れてヒットしてるバンドだって山のようにいる。邦楽ロックだけじゃなく、ミスチルやサザンといった大御所バンドなんかはまさにその好例だ。ブラスセクションを投入しまくった派手な夏ソングやキラキラしたピアノが特徴的なバラード。これらは正にサザンやミスチルの代名詞だろう。
それでも彼らはギターロックに拘る。あくまでギター2本、ドラムにベース。その体系、その4つで出せる音に拘る。何故なら「ギターロックがカッコイイから」。それ以上でも以下でもない。ひねくれてるなぁと思う。でもこの精神性が堪らなく僕は好きだ。そのへんのバンドよりよっぽどカッコ良い。
 
僕はミュージシャンは売れたり、新しいモノを創り出す為には努力を惜しまないでほしいと思っている。新しいモノを作ることを放棄し、自分のやりたいことだけ好き勝手にやるようなミュージシャンはミュージシャンの風上にもおけねぇぜヒャッハー!!と思っている。その点においてBase Ball Bearはが素晴らしいのは、「好きなものを新しいものに転換していくこと」が上手いのだ。これはボーカルギターであり、作詞作曲を担当する小出祐介の持つ音楽性の高さだろう。ナンバーガールスーパーカーなどの90年代〜00年代を代表するギターロックやBerryz工房ハロプロなどのアイドルソング、他にもRHYMESTER岡村靖幸...とにかく音楽への造詣がめちゃくちゃ深くて幅広いのだ。デビューから2度目くらいのインタビューで「サザンやキョンキョンSMAPのベスト盤聞いてます」と語っていた。所謂ポップスを聞いてるとロックバンドのボーカルが堂々と宣言してるのだ。そんなロックバンドいねぇよと。事実その後発表されたアルバム「十七歳」は煌めくようなポップさを全面に押した出した、まさに「十七歳」のノスタルジックな感情を彷彿とさせるアルバムに仕上がっていた。「ドラマチック」「17歳」なんかはまさにその好例と言える。とにかく色んなジャンルの音楽を自分にインプットしつつ、それを自らの制作でアウトプットし、尚且それに十分な独自性が加わっている。その結果好きなことを思いっきりやりつつも、誰も予想し得なかった新鮮な曲を作り続けている。まさにミュージシャンにとって最高の形だと思うのだ。
 
そしてBase Ball Bearが一貫して歌うテーマは「普通」である。
 
インディーズ時代に作られた「SAYONARA-NOSTALGIA」という楽曲はこう締めくくられている。
 
「今日も普通がいいや。」
 
そして最新作「二十九歳」でも彼らは一貫して「普通」について歌っている。
 
「普通」と一概に書いてもその言葉に込められた意味は複雑で難解だ。人それぞれがそれぞれの価値観で「普通」を考えて、それに沿って生きている。だから衝突することも、自分からしたら不可解な行動をする他人もいる。そんな両極端な物で、面倒臭ささえある「普通ってなんだ?」を音楽に落とし込んでいるのがBase Ball Bearなのだ。
 
「"嘘だけど Truth 本当だけどFalsehood "/ "嫌いだけどMiss you / 好きだけどHate you"」(アンビバレントダンサー)
 
「本当と嘘と過去と未来と表と裏がランブル / HighとLowと現実と夢と希望と絶望が乱舞る」(スクランブル)
 
この二面性こそが「普通」なのだと。そう彼らは歌い上げている。グチャグチャな感情とか、真逆のモノが交わったヒドく曖昧で不可解な物が「普通」であると。
 
「何が普通で何が普通じゃないのかを / 見失いながらも僕はまだ生きてた」(Tabibito In The Dark)
 
「まじわる光と影 / 僕は真ん中を行って / かさなる光と影 / その向こうにある普通を感じたい」(スクランブル)
 
それでも、そんな「普通」の中で我々は生き続けなければならない。そんな「平凡だけど平凡じゃない」なんて難解な事をポップなメロと、巧みな言葉遊びによって表現しているのがBase Ball Bearだ。生々しさや毒々しい瞬間もある。でもそれこそが世の中に蔓延する「普通」を暴く彼らなりの術なのだ。
 
「ギターロック」に拘り、「普通」とは何かをどこまでも暴き続けるバンド、Base Ball Bear。是非一聴してみてほしい。
 
最後に僕の一番好きな楽曲を。
 
short hair。爽やかさの塊のような楽曲だ。夏の河川敷で聞きたい。
やっぱり本田翼可愛いな...嫁にしてぇ...